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「やれやれ、また振り出しに戻ったか」
池袋北署の刑事課・強行犯捜査係(通称・捜査1係)の藤沢周一係長は、悔しそうにつぶやいた。春の日差しが署の会議室に差し込む中、藤沢係長の渋面を一目見ただけで、日差しまでが凍り付きそうである。
「だがまだ滝野沙由里が完全に容疑から外れた、というわけではない。自宅を飛び出した夜10時ごろに殺害してなくても、深夜に一旦戻って殺害したという可能性だってある」
「ということは、新井翔が滝野沙由里と口裏を合わせてる、ということですね?」
と、海老名忠義刑事はひどい二日酔いを頭に抱えたまま言った。こんな時に安いウイスキーをストレートで飲むんじゃなかった。せめてロックで飲んでたら……まるでアイスピックが頭に突き刺さっているようだ。あれは氷を割るためにあるものだろうが。
「その通りだ。2人が口裏を合わせている可能性も排除できない」と藤沢係長が言った。「さらに凶器の指紋も一致しなかったが、軍手か何かを使った可能性もある。引き続き沙由里の周囲を洗い直してみてくれ」
「わかりました。でも俺の勘では、沙由里じゃなくて別に犯人がいるような気もするんですけど……」と海老名は青白い顔のまま、だるそうに言った。「ま、あくまで勘ですけどね。遺産以外に何か理由があるかな?」
「遺産がらみで間違いないと思います。他にどんな理由が考えられるんですか?」
と大森大輔刑事は言った。身長は約160センチメートルの小柄。そのことで岩よりも重い劣等感を抱えている。
「というか、そもそも20代の女が40以上も年の離れた金持ちのじいさんと結婚した理由自体が、初めっから遺産狙いとしか考えられないですよ。何しろ莫大な金を持ってる資産家ですからね。元々滝野一族は何百年も続く、あそこら辺一帯の地主だったらしいんですよ。ただでさえ財産をたくさん持ってる上に、殺された幸彦はその資産をうまく運用して、さらに何倍にも増やしたって話ですから」
「滝野はどのくらいの資産を持ってるんだ?」と藤沢係長。
「去年豊島区に納めた住民税をもとに計算してみると……」大森がその合計資産額を口にすると、会議室全体に羨望の渦が巻き起こった。
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