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当直の巡査が連れてきたのは、あの丸出為夫だった。
「何ですか、この真夜中に。私の祝賀パーティーは明晩のはずですぞ」
その顔は、いかにも就寝中をたたき起こされた眠気眼が進化した、不機嫌な様子。トレンチコートにベレー帽姿は昼間と同じだが、パイプ煙草はない。忘れてきたらしい。
「丸出、ちょっとこっち来い」と言って、海老名は席を立った。
外のガラス窓に面していないトイレの近くまで丸出を連れて行くと、海老名はいきなり丸出のコートの襟首を両手でつかみ上げて、丸出の背中を壁に叩きつけた。
「おまえ、いったい何様のつもりだ? というか、おまえはいったい何者だ? なぜ俺たちの捜査を妨害する? おまえのせいで、捜査がますますおかしくなってしまったじゃないか!」
「酒気帯び運転……」海老名に壁に叩きつけられた状態のまま、丸出があえぐようにそうつぶやいた。
「何だって?」と海老名が聞き返す。
「あ、あなた警察官なのに、しゅ、酒気帯び運転で検挙されたことがあるでしょ? わ、私は知ってますぞ」
「何のこと言ってんだ?」
「とぼけなくてもいいんですよ。わ、私はあなたのことなら何でも知ってます」
丸出の言っていることは事実である。酒好きの海老名はある日、飲み屋で大量に酒を飲んだ挙句、自家用車で自宅へ帰ろうとしたところを、運悪く交通課の巡査に呼び止められてしまった。ちょうど定期的な交通安全キャンペーンの期間であることを忘れていたのが、運の尽きだった。アルコール検知器で測定された数値は、上限を大きく上回る状態。本来ならば、この時点で海老名の警官人生は終わったはずなのだが、池袋北署の管内だったのが幸いした。海老名のような優秀な刑事を失うのは署のためにならない、ここは自分たちにまかせてほしい、という藤沢係長や戸塚警部の必死の説得もあって、当分の間、海老名の運転免許証は係長が預かって車を運転させない、という羽毛よりも軽い処分に終わり、本庁にも何も報告せず、署の内部だけで隠蔽してしまったのだ。このことは外部には漏れてないはず……
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