怪しい名探偵 第1回 丸出為夫の推理

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 もう迷いはなかった。あとは今すぐ実行あるのみ。深夜3時過ぎ、海老名は泥酔状態で無免許にも関わらず、一人でパトカーを運転し、滝野幸司の自宅へ急いだ。  そして娘の礼奈(れな)を拘束し、署に連行した。  礼奈はこの時間でも眠らずに起きていて、海老名が()け付けた時には、父親の幸司のために設けられた階段の手すりにロープを引っ掛けて、首を吊ろうとしていたと言う。  滝野礼奈は、祖父の幸彦殺害を淡々と認めた。  あの日の深夜2時ごろ、礼奈は自宅の裏手から柵を越えて、隣のアパートの裏側を回り、あの柿の木から数メートル離れた所から高い塀をよじ登って、幸彦宅の敷地内に入り、木をすり抜けて、記憶しておいた裏玄関の番号を押して家の中に入り、台所から包丁の()を素手でつかむと、2階の祖父の寝室に入り、就寝中の祖父を包丁で一突き……  凶器となった包丁の柄に付着していたもう一つの指紋は、礼奈のものと一致した。  殺害後は、ほぼ同じ経路をたどって自宅に戻ったが、興奮と焦りのあまり、柿の木の横をすり抜けると、すぐに高い塀をよじ登って、アパートの敷地内に入ろうとした。その時に前髪が柿の木の枝に引っ掛かってしまい、前髪にはめていたネモフィラのヘアピンが外れて闇の中に吸い込まれ、数日後に丸出為夫が踏みつけるまで、アパートの裏側で静かに眠っていたのは、礼奈自身にも知らないことである。  また、木の枝に付着していた毛髪をDNA鑑定した結果、やはり礼奈のものと判明した。  礼奈が祖父を殺害した動機。それは礼奈を2度も妊娠させたのが、祖父の幸彦であったことである。幸彦は3年ほど前から、合鍵を使って真夜中にこっそりと息子の家に侵入し、実の孫娘を犯し続けていた。  最初に礼奈が妊娠した時、幸彦は小切手に30万円と書いて礼奈に渡した。まあ、手術代は10万ぐらいで済むだろう、残りは小遣いだ、と幸彦は言って礼奈に中絶させた。その後も幸彦が礼奈を犯し続けるのをやめることはなく、再び孫娘の妊娠を知って、また同じように幸彦は礼奈に30万円の小切手を渡して、中絶するように勧めた。一度目は祖父の言う通りに渋々従ったが、2度目はさすがに怒りが込み上げてきた、と礼奈は言う。  「こういうのって、お金で解決できることじゃないと思うんです。こんな変なことをこれから先も繰り返すぐらいなら、お腹の子をまた殺す前に、まずあの人を殺してから気持ちを整理したくて……」礼奈は無表情にそう供述した。
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