怪しい名探偵 第1回 丸出為夫の推理

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 娘が祖父の殺害を供述したことで、父親の滝野幸司も少しずつ真実を語り始めた。  幸司は自分の父・幸彦を殺したのが、本人から直接聞いたわけではないが、娘の礼奈であることはわかっていた、と言う。ただ娘の名誉を守りたい、その一心で自分が罪をかぶろうと思った、と話した。幸司は時々幸彦が夜中にこっそり家に入って来て、礼奈を犯していることは何となく知っていた、とのこと。過去にも例があったからだ。  それは姉の家出の原因……幸彦はやはり実の娘の早智子も犯していた。幸司はあの当時、それをこっそりと盗み見たことがあると言う。あのおぞましい光景は忘れようにも忘れられない。後の幸司の女狂いは、その記憶を頭の中からぬぐい去りたかったが故のことらしく、交通事故で半身不随になるまで続いた。姉が家出をしたことで、父と娘の異常な関係も家庭内で明るみになり、妻との離婚、幸司の非行、と一時的な家庭崩壊につながった。  「親父のその後の女狂いや、何回も結婚を繰り返したのも、結局は常に姉の面影(おもかげ)を追い求めていた結果なのかもしれません」と幸司は言った。  そこへ今度は孫娘の成長。それがあの老人の異常な性癖に新たな油を注ぐことになった。  礼奈の再度の妊娠に気づいた幸司は、娘の留守中にこっそりと娘の部屋に入り、机の上に父親が書いた30万円の小切手を見つけた。幸司が怒りを膨らませて幸彦の家に乗り込んだのは、その数時間後。父親にこの小切手の意味を問い詰め、娘のみならず孫娘にまで手を出したその異常な性癖を責め、挙句には自宅の裏玄関の合鍵を没収して、もう二度と俺たちの家には来るな、この変態野郎、と小声で言って帰って行った。  「僕がこんな身体じゃなかったら、先に僕が親父を殺していたところです。お願いですから、これ以上娘に恥をかかせるようなことは、やめてください」と幸司は訴えた。  かくして海老名の推理通りに全ては展開していたわけである。もっとも海老名の顔に喜びはない。刑事として当然の仕事をしただけであり、またたとえ「少女A」と伏せられようとも、礼奈がこうむった恥辱や滝野一家のどす黒い運命は、今後の裁判やマスコミによる報道などで、これから先も何度も蒸し返され続けるであろう。  俺は余計なことをしたのかな? あのまま幸司が刑務所に入り、礼奈が自殺した方がまだ……海老名は頭の片隅でそう考えて、すぐに打ち消した。これは俺のせいじゃない、あの一家を犯罪に駆り立てた悪魔が悪いんだ。そう思うことで自分を慰めようとした矢先に、藤沢係長から大目玉を食らった。  「おまえ、また酒飲んでパトカー運転したろ? 免許は俺が預かったままなのは、わかってるよな。しかもあれだけ禁じられてるのに、自分の席で煙草まで吸いやがって……もうかばいきれんよ。今度やったら本当にクビだからな!」  「すいませんでした、フジさん、あの時急いでたもんで」海老名は全く悪びれた様子もなく、そう言った。「1分でも遅かったら、あの子はあの世に逃亡してたかもしれないんで」
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