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空は透き通るような青空が広がっていた。春本番。というより、冬はもう布団をかぶって熟睡し、木の葉が赤く色づくまでは、起きることもないだろう。そんな暖かく柔らかい日差しが、署の窓にも差し込んでいる。
「それにしても、おぞましい話ですよね、近親相姦だなんて」隣の席から大森が海老名に話しかけた。「まあ、いくつになってもご盛んなエロジジィなんて別に珍しいことじゃないけど、自分の孫娘にも手を出すなんて、どうかしてますよ」
「まったくだ。俺だって、そんなこと考えたくもなかったよ」海老名が自分の席にあるパソコンの画面を見ながら言った。画面の壁紙は、ほとんど見たことがない笑顔を見せる息子の勇気のものに変えてある。背景にはネモフィラの青い花畑。元妻が撮影したやつだ。「子供や孫の成長なんて、黙って見守ってるだけでも楽しいもんだろ。花だって同じさ。それも自分で育ててるものなら、なおさらだ。そんな自分で育てた花を自分で踏みにじって楽しむ奴がいれば、そいつの考えてることは理解できん。理解したくもねぇよ」
「理解できないと言えば、あいつの存在も全く理解できませんよね」と言いながら、大森はフロアの隅の小テーブルに座っている丸出為夫を見た。
丸出は高級料亭から頼んだ仕出し弁当を食べながら、まるで王様か殿様にでもなったような気分で浮かれている。誰も聞いていないのに大声でしゃべりながら。
「今回の事件で決定的な証拠を見つけたのは、この私ですぞ。私のおかげで事件は解決したんですからな。みなさん、これで私がどれほど優れた名探偵であるかが、おわかりになったでしょう?」
何言ってんだ、このバカ野郎。海老名は小声でつぶやいた。おまえがこの事件でどんな活躍をした? 人の足を引っ張るだけでさ、とんだ疫病神だよ。だいたいあのネモフィラのヘアピン、何も知らないで踏んづけただけじゃないか。
でも……なぜあいつは俺の酒気帯び運転のことを知ってるんだ? あいつはいったい何者なんだ? ひょっとしたら、違う意味で只者じゃないのかも……
そんな海老名の疑問は、外の春風に舞い上がることもなく、陽の当たらない心の片隅で、ただじっと根を下ろしている……
(次回に続く)
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