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「すげぇな。これだけの額を突きつけられたら、女はみんなメロメロだわ」と、海老名も二日酔いのことを忘れたように、興奮して言った。「新田さんだって、このジジィに口説かれたら、ボーイズ・ラブも堂々と卒業できるね」
「どうしてこんな時に、私の趣味にケチつけるのよ? 放っといてちょうだい」
と新田清美刑事が海老名に抗議した。刑事課の中でも数少ない女性刑事の最古参。40代半ばにして未だに独身。だが結婚には興味があるのかないのか、ひたすらボーイズ・ラブにはまり込む、いわゆる「腐女子」である。新田は口調を改めて、
「失礼しました。滝野沙由里のことに話を戻しましょう。沙由里にも幸彦の遺産の件についてもちろん聞いてみましたが、初めは遺産狙いで結婚したことは否定してました。『愛はお金じゃ買えません。私はあの人の人柄に魅かれたんです』とか言って。ま、何度もしつこく問い詰めているうちに、本人もだんだん疲れてきたらしく、『まあ、遺産を私にも分けてもらえるんなら、そりゃもらいたいですけど』って本音を言いましたけどね」
「なるほど、だいたい予想通りの答えだな」藤沢係長がそう言った。「そういえば4番目の結婚相手だっけ? 確か結婚生活は5年続いてるよな? 他の相手とはどのくらい続いたんだろう?」
「まず最初の相手とは20年近くと、かなり長く続いてます」と新田は続ける。「年の差もあまり変わりません。結婚当時は2人とも20代でした。2度目の結婚は50代の時、相手は20代前半の若い女性でしたが、2年で別れてます。3度目は60を過ぎてから。やはり相手は20代前半でしたが、こちらの方は1年も続かなかったようです」
「ふうん、それに比べれば今回の4人目とは、わりと長続きしてるんだな」
「今回の事件に関しては、遺産がらみの他にも夫婦関係のもつれ、という動機も考えられます。第一発見者の山口喜子の証言によると、滝野幸彦と沙由里との夫婦生活はここ3年ほど、ほとんどなかったらしいです。沙由里が山口にそんな悩みを相談したことがあるようでして。沙由里の不倫もそのころから始まってることは、沙由里自身や相手の新井も述べていますね。元々沙由里個人の衣装部屋みたいな部屋もあるんですけど、初めは一緒だった寝室も、自然と別々になっていったようです。沙由里が衣装部屋みたいな所に寝起きするようになって。ま、沙由里は元アイドル歌手だったらしいですから。全然売れなかったですけど。でも幸彦との結婚後も、端役ですけど女優をやったり、モデルをやったりと、芸能関係の仕事を続けていて、しかも交友関係もかなり広かったらしいです。自宅にいる時間も少なめでした。それで夫婦の間に隙間風が入るのも時間の問題だった、ってことじゃないんですか? それに幸彦も実は不倫してるんじゃないか、夜中にこっそりと外出することがよくあった、とも言ってます。沙由里が堂々と朝帰りしても、幸彦は特に気にする様子もなさそうだった、とか。いわゆる仮面夫婦状態って奴ですね」
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