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「仮面夫婦ね……」
藤沢係長が腕時計をチラリと見て言う。そろそろ霞が関の警視庁本庁から捜査課の刑事が来ることになっているのだが、まだ来ていないようなのだ。係長は続けて、
「ところで警部、今の話から今回の件について、どう思われますか?」
係長から「警部」と呼ばれた池袋北署の刑事課長代理・戸塚明が、そのはげ上がった頭に光を浴びて、ようやくその存在感を発揮し始めた。今まで腕を組んだまま、ただ部下たちの話を聞いているだけだったが、天井の照明と窓の日差しが合わさって異様な後光を放っている。実質的に刑事課を牛耳っているのは、この男。その戸塚警部が口を開いた。
「とりあえず一旦、滝野沙由里犯行説を脇に置いてみないか? 沙由里犯行説にこだわるあまり、他の情報があまりにも少なすぎる。もっと他の点に聞き込みを強化しよう。まず被害者である滝野幸彦の家族関係、過去の女関係、第一発見者である山口喜子をなぜ家政婦として雇ったか、さらには元々あった財産を増やしたという過程で、何か金銭がらみのもつれがなかったか、といったところをもっと重点的に洗い出したい」
「わかりました」と係長は同意した。他の刑事たちも異議はなさそう。
「あの……その滝野の家族のことなんですが……」大森が戸塚の頭をまぶしそうに見ながら発言する。「4回も結婚して愛人もたくさんいたわりには、産ませた子供はたった2人しかいないんですよ。いずれも最初の妻の子です。女と男が一人ずつ。しかも女、というか幸彦の娘の早智子の方は17歳の時、ある日こっそりと家出して以来、約30年間、全くの音信不通状態です。で、その弟、幸彦の息子の幸司(45歳)の方ですが、こちらは幸彦の自宅から2軒隣の家に子供2人、つまり幸彦からみれば、孫と3人で住んでます。ただ、この幸司も8年ほど前、交通事故にあってから下半身不随となって、今は車椅子生活を余儀なくされてますね」
「3人暮らし……奥さんはいないのか?」係長がまたも腕時計を見ながら聞く。
「この幸司の妻というのが、夫が交通事故にあって車椅子に乗るようになってから、すぐに離婚してるんですよ」大森は言った。
「どうしてまた。普通は夫がそんな状態になったら、自ら進んで介護しようとは思わないのかな?」と海老名が口を挟んだ。
「それに関しては詳しいことはわかりませんが……」
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