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#2 デコラティブと無色
真由華の目が、私の頭から上履きの先までをすっと撫でた。
真由華が目を上げ下げする度に、瞳を覆う上まつ毛が過剰に躍動する。黒じゃない。明るめの焦茶のような。
人工的に植え付けられたそれは、明らかに本来の形状、毛量、色を凌駕していて、どうにもな違和とそれで正解なのかという疑問が浮かんでしまう。
それがつけまつ毛なのかエクステなのか、その判断も私にはつかない。
さらにこちらを見る虹彩は、本来の瞳にはあり得ない濃い縁で囲われていて、内側も日本人にはまず存在不可な、よく聞かれるグレージュという色はこういうものなのかも知れない、どこか色素が薄い灰色がかったそれに取り替えられている。
似合ってない、訳じゃない。きっとトレンドをおさえていて、真由華自身の愛嬌や勝ち気さも損なわれてはいない。
だけどどうにも本来の部位へのその過剰な蓄積が、私に言い知れぬ圧とたじろぎを与えるのだ。
「何か趣味とかあるの?」
真由華の目に気圧されて、質問への着想が遅れたかもしれない。直前の言葉と当てはめ、対象が私であることを確認した。
「趣味……」
えっと……、となおも言い淀んでしまう。自分のパーソナリティにまつわるのだから、答えは当然存在する。
だけどそれが、真由華の想像に易いのか、そして聞いて喜ぶに値するかの審議も、付加情報とともに咄嗟に発生する。
行動範囲に歴とした開きのある女二人を繋ぐには、それだけの方策も必要なのだ。
話の当事者ではない彩未と恋乃は別の話題に移り、真由華の視線は私に向けられている。焦れたように長い爪が広く梳かれた前髪をつまんだ。
縦長の四角い爪には、アルファベットを左右対称に組み合わせたブランドロゴ。周りに小さなクリスタルが散りばめられている。
驚いたのは先端からはみ出す程のリボンのパーツ、爪の三分の一は占めるパールがついている指もあって、生活に支障はないのか、別の驚きにも気を取らせそうになったが、質問の答えに時間が掛かり過ぎていて慌てて口を開こうとする。
が、その瞬間、一時間目の本鈴が鳴り響いた。
周りで席に戻る波が動き始め、真由華も視線を外し、前髪をつまんでいた指で私の発言を制した。
「あ、ごめん。もういい」
質問に答え損ねた気まずさを感じながらも、私も自席に戻ろうとした。
だけど、去り際に聞こえた真由華から発せられた一言が、私の上履きの方向転換を一瞬止めた。
「何か毎日、楽しいことあるのかな、って思って」
トレイに置かれたローラーの、重力がさらに沈み込むように感じた。
好きで風紀委員なんかやっている訳じゃない。
同じ系統なのに負担の少ない環境整備、閑散としがちな視聴覚委員はあっという間に埋まり、数度立候補したにも関わらず押し出された私は、最後まで残った風紀委員にじゃんけんでおさまり、持ってなさを存分に発揮した。
商業高校のわりに、校則の緩みを黙認されがちなこの学校では、風紀委員の権威なんてなきに等しい。
志望動機の第一位は制服の可愛さ、進学率も高くなく、進路はいずれ受け入れ実績の多い就職先や専門でいいとはなからくくられている。
私のように簿記の勉強が好きで、将来役立つ資格が取れたらと思っている子は、案外少数派だと入学してから気付いた。
言いそびれた趣味は、映画鑑賞だ。最近は何かにつけ韓国韓国と持て囃され苦手意識が先行してしまう。
フランス映画が好きだ。特に昔の。白黒でも浸って観ていられる。
あとは、カメラ。バイト代を貯めて買ったミラーレスにはまっていて、部屋で栽培中のミニサボテンを断面でもいかにレトロに撮れるか、モノクロやセピア加工も覚えて、呼吸を詰めてまでシャッターを切っている。
そういうのを、NEW、韓国、映えとデコり、毎分毎秒・自分史上最高のウチら、を生きる指標としている真由華に対し、どのように説明するのが正解だったのか。
説明なんか、はなから必要とされていない。内面を表す趣味ではなくて、そもそもの表面。
一度も染めたことのない髪。切りっぱなしじゃないボブ。厚めでセルフカットの前髪。下地と透明なリップクリームしか塗られていない地味な顔。
そこがもう、まず何より初めにはじかれている。
だからと言って、毎日楽しく生きているのか。
それを疑われなきゃいけないほど、人生も個性も、自分達の至高のものに対し底辺と決めつけられ、はなから全否定を、余儀なくされなければいけないものなのか。
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