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何が起こったのか分からなかった。
一瞬で、全てが『無』になった。
次に目を覚ましたとき、いや、目を覚ましたという表現が適切なのか分からない。
ただ、その時だけ、うっすらと意識があった。
『聞こえますかー、智晴さん。』
私の意識に聞こえてくるのは、
「ピ、ピ、ピ、ピ…」という電子音と、
そして、
クロノスの男の声。
ああ、良かった、この男に直接視力を返そう。そう思ったのに、声が出ない。
なぜだ、声が出ない、どういうことだ…!!
『無理しないで、智晴さん。あなた、信号無視して横断歩道わたっちゃって、ダンプカーのタイヤに巻き込まれたんですよ。
いや〜、ここまで色んな管に繋がれたらそりゃ喋れませんって。』
管?
私は、管に繋がれてるのか?
薄く開いた目には、眩しい明かりしか映らない。しかし、私の耳には遠くの方から声が聞こえていた。
「父さ……!!」
「……なたっ!!!」
「死ん…い………!!」
ここは病院か…!!!
私はダンプカーに轢かれて死にそうなのか…!!
クロノスの男よ、助けてくれ、私はまだ死にたくない、視力ならちゃんと返すから…!!
『返す?』
男の、嘲るような声が聞こえた。
『私、言いましたよね?返却方法は池の前で瞬きすることで、今日の朝には返せって。
ここでそんなこと言われても困りますよ〜〜!』
!!!
じゃ、じゃあ、もしや、私がこうして車に轢かれたのは視力を返さなかったせいなのか?もしや、私の命が延長料金の支払いに当てられているのか!?
『延長料金?そんなもの取ってませんよ。これは完全なる“借りパク”です。
そして、貴方が轢かれたのはただの貴方の不注意です。』
不注意!?もういい、何でも良い、頼む、助けてくれ、ちゃんと視力を返すから、君の不思議な力で何とかして私を助けてくれ、お願いだ…!!
視力のレンタルが出来たなら、そういうことも出来るんじゃないのか!!?
私の必死の願いを、
クロノスの男は鼻で笑った。
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