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第一話「天から来るもの」1
時は梅雨入り時、夕暮れの街を車で外出中に偶然倒れている少女を発見した。
すでに少女は意識がなく、頭から血を流している状態であった。
発見時から意識不明であったがまだ微かに息はあった。
私は重体となった少女の頭にタオルを巻き付け、共に乗車していた助手と共に少女を車内に移動させ、すぐさま車を発進させ病院まで運んだ。
事態は急を要する、私と助手は揃って病院に入ると、そのまま手術室へと少女を運んでいくよう指示した。持ち物から身元が分かるようなものはなかったが、今は予断を許さない状態、手術を迷っている時間はもうなかった。
今は少女の命がかかっている、発見は偶然とはいえ身元が判明する時を待っている余裕はない。今は一分一秒が惜しい、”医者”として、今できる限りの手を尽くそう、少女の命を救う決意とともに手袋をつけて、手の震えがないのを確認したのち、深呼吸をして足早に手術服に着替えた。
集まったスタッフと意見を交わし身体の状況を確認しあい、そして意を決してメスを握る。
長年の経験から自然と力が入る。まだ若いと言われる年齢ではあるが外科医を任されている以上、その責任に年齢は関係ない。
弱々しい呼吸が続き、少女の容体は予断を許さない状態。少しの失敗も許される状況ではない、今は少女のためにも最善を尽くすのみ。
私は目の前のことに集中するために余計な思考は閉じ、手術台の上に乗せられた少女の前に立つ。暑いくらいに照明が眩しく光ると自然と神経が研ぎ澄まされていく。
そこから始まった手術工程は必死で時間の感覚などなかった。
四時間に及ぶ手術の末、傷口も塞がれ、なんとか一命を繋ぎとめた。
手術は予定通りに成功したとはいえ、この先まだまだやるべきことは数多く残されているが、手術が終わり力が抜けてぐったりとした気持ちになる。
少女に目をやると穏やかな表情で眠っている。
(このまま無事意識を取り戻して、元気な姿に戻ってくれればいいのだが・・・)
だが、そういう願いを簡単に言える状況ではないのもまた事実であった。
すでに日は暮れ、病院の診察時間は過ぎ、病院内に静けさが広がっていた。疲れで朦朧とする意識の中、スタッフに指示をして少女を病室へと移す。
一人になって経過を確認する。頭蓋骨の損傷が激しい、脳へのダメージが懸念される。これでは意識が戻ったとしても、どんな後遺症が残るかはわからない。であればこの機会を無碍にするのは忍びない、不可能を可能にする、そのために長く研究を続けてきた。
今は出来うる限りを、あるゆる手を尽くす時かもしれない。医者として、研究者として、それが使命であろう。
手術から明けて二日後、身元が判明した。
「まさか、あの容疑者の娘だったとは。これは運命なのか、もしこの事実を手術の前に知っていたら、私はあの子を見殺ししていただろう」
知らせてくれた人物にそう思わず私は言った。思春期の少女にいったい何があったというのか、そのことも一切わからぬまま、やがて少女は目を覚ます、避けようのない後遺症を抱えたまま。
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