どこ吹く風

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 私がどこの団体にも所属しなくなってからの、初めてのゴールデンウイークが終わった。奏でるkanakoを追うようになってからちょうど1ヶ月が過ぎていた。  この間に私は、30代前半の働く独身女性を装って差し障りのない日常の出来事を捏造し、たまには写真をつけて「どこ吹く風」のアカウントのほうでつぶやいていた。  奏でるkanakoもまた、日常のどうでもいいことをつぶやいていた。その中でわかったことは、彼女の木曜日のSNSは決まって動きがないということだった。  木曜日と言えば、S大学の公開講座に参加することとなっている日なのだが、もちろん、今は休校中だから、奏でるkanakoが出かけて行くのは別の場所だった。  せっかくおしゃれをして出かけて行くのに、その話題に何も触れないのはいかにも不自然だ。  講座の仲間同士でお茶会でもしているのならば、その話題が出たっておかしくないのに、全くと言っていいほどそんな話が出てこないのだ。いったい、奏でるkanakoは木曜日の午後、どこで何をしているのだろう?  アジサイの季節を迎えていた。雨がしとしと降っていたので、外出するのが少し億劫でもあったのだが、でも、考えてみれば、傘がある方が都合がよかった。  午後1時になろうという頃、精一杯のおしゃれをした母は出かけて行った。2階の廊下で密かに待機していた私は、玄関の鍵がかかる音がやむのを待ってそそくさと階段を降りた。  傘を手にして玄関を出て、門のところまで小走りし、左右を確かめると、駅へと続く道のほうに、紫色の花が散りばめられた黒い傘が見えた。母の傘だ。  ほどよい距離を保ちつつ、花柄の傘を目印にして慎重に足を進めていく。  とりあえずの行先はK駅なのだろうが、そのあとのことはまるで見当がつかなかった。  生まれて初めてする尾行。そのターゲットがまさか自分の母親になろうとは思ってもみなかった。  いったい私は何の目的があってこんなことをしているのか、もしかしたら、とんでもない場面を目撃してしまう可能性だってあるというのに……。  怖いもの見たさ? 単なる好奇心?  事実を知りたい?  家族として確かめる義務があるとでも思ってる?  もしも母が、私が想像するような“悪事”に手を染めていたとしたら?  でも、そうだったとして、だったらいったい何をどうしようって言うの?  父親に発覚する前にとめてあげることができるのは私だけ――  まさかそんな殊勝なこと、本気で思っていたりしないよね?
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