オファー

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「いやぁ、naoちゃん、今夜も良かったよぉ!」 白いシャツに、ピンクのカーディガンをマントのように肩に掛け、顎髭を蓄えたプロデューサーの岩田さんが、私の両肩を揉むような仕草をしながら近寄ってきたので、にっこりと笑顔で会釈して華麗にスルー。 その奥に控えていた、私のマネージャー兼、所属事務所の社長の祐子さんの元に向かう。 「nao、今夜もバッチグーよ。会場を出たファンの皆さんも次々と感想をツイートしてるけど、概ね“チョベリグ”って感じね」 「ありがとう、祐子さん」 そう言いながらハグを交わす。 「おいおいnao、オレとゆうこりんへの態度、差がありすぎなんじゃねーか?」 向こうでプリプリ怒っている岩田さんのことを無視して、祐子さんと盛り上がる。 とはいえ、私も岩田さんのことを嫌っている訳じゃない。 時々セクハラまがいのことしようとするけど、それも本気ではなく、そういう“キャラ”を演じているだけだって知ってるから。 何しろこんな私をメジャーデビューさせてくれた恩人だ。 今だって、この場を和ませるためにプリプリしてるフリをしてるだけに違いない。 私は地方から上京して東京の大学に入ったけど、子供の頃からの密かな夢、舞台俳優という夢を諦めきれなくて、勉強そっちのけで演劇にのめり込んでいた私。 それから数年経ち、本来なら大学卒業していたはずの年。親には留年したとだけ言っていたけど、通っていないこともいつしかバレ、怒られた勢いでそのまま退学。 その後、親との連絡を一方的に断ってまで頑張っていたけど、芽が出ず燻っていた27歳になる直前のあの日。 生活のためにアルバイトしていたスナックで、お客さんと一緒にデュエットした際に、たまたま店内でその私の歌声を聴いてくれていたのが岩田さんだった。
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