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『それでも! そんな男やめて俺にしなよ、とか言い寄ってくる奴、いそうじゃね?』
カップの中をスプーンでかき回す私は、ふんっと笑う。
『二年後にはあんたより高給取りになってるんで、って笑ってやる』
『すげープレッシャーなんだけど?』
『じゃ、のりかえる』
『できないくせに』
『なんでよ』と、今度はムッとする。
二つのカップを持って、ソファにもたれるように座る匡の元にいく。
カップを一つ渡すと、『サンキュ』と言って彼は口をつけた。
『二年後に俺が就職したら、もう少し広い部屋に引っ越そうな』
『そう? 私は気に入ってるけど、この狭さ』
匡の隣で膝を曲げて座り、カップの中の黒い液体にふぅっと息を吹きかける。
『セックスん時、落ちる心配のないベッドが欲しい』
『不純な動機ー』
ケラケラと笑う私の肩を抱き、匡が頬に口づける。
その唇は、ほんのり温かい。
『これほど大事で切実な動機はないだろ』
ジョッキの中でしきりに湧き上がる気泡を眺めながら、懐かしい、幸せだったひと幕を思い出す。
匡は大学院に進む予定だった。
就活なんてしていない。
結果的に大学院には行かなかったが、就活に苦戦して実家に帰ったなんて真っ赤な大嘘だ。
それだけじゃない。
卒業式の三日前、いつもより少し強引に、かなり激しく私を抱いた後で、匡は言った。
『俺、実家帰るから』
整わない呼吸が一瞬止まる。
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