6833人が本棚に入れています
本棚に追加
話している匡よりも、聞いている私や両親の方がよほど緊張している。
心臓がドッドッドッと、割と大きめの和太鼓のような音を立てている。
両親もそうだ。
いや、父親だけ。
母親は、目を輝かせて匡を見つめている。
「――前向きにご検討ください。なるはやで」
ガバッと頭を下げる匡と、小首を傾げる子供たち。
真剣なんだか、なんなんだか。
「なるはや、ってなに?」
湊が聞く。
「出来るだけ早くってこと」
答えたのは、梨々花。
「ゴケントウって?」
「考えるってこと」
「前向いて考えるの?」
「ぷっ! あははははっ!」
我慢しきれずに笑い出したのは、お母さん。
なぜかお父さんは少し安心したように口元に笑みを浮かべ、野球に視線を戻す。
「出来るだけ早く、梨々花と湊のお父さんになりたいんだって」
少しバツが悪そうに、匡は耳の後ろを掻く。
私は若かりし頃を思い出していた。
匡に付き合おうと言われてすぐに返事ができずにいた私に、彼は言った。
『とりあえず前向きに考えて。ゆっくり。あ、けど、できれば、出来るだけ早く。返事待ってる間に激ヤセしそうだから』
私は笑って、『いいよ。私より細い男はイヤだから』と答えた。
あの時も、匡は嬉しそうに、だけどちょっとバツが悪そうに、耳の後ろを搔いてたっけ。
「良かったわね、お父さん。千恵が再婚しても、いつでも会える距離にいてくれるって」
お母さんがお父さんに、言う。
お父さんは「ん」とだけ言った。テレビから目を離さずに。
「お祖父ちゃん、梨々花と湊と暮らせるようになったのに、すぐに離れるのが寂しいんだって」
話している間に少し焦げてしまったお好み焼きを、匡の空の皿にのせる。
「だから、もうちょっとだけここで暮らしてあげて」
「うん」
最初のコメントを投稿しよう!