1.夢に見る、会いたくなかった男

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『兄貴がさ? 実家継ぎたくないって言い出して』 『だからって、今すぐ?』 『継ぐなら、大学院に行く必要ないし』  狭いベッドの上で、匡は仰向けで頭の下で手を組み、天井を見ながら言った。 『一緒に来るか?』  何の熱も感じない問いに、私も反射的に答えた。 『バカにしないで』  匡は私を見ない。 『なんで? 未来の社長夫人だぞ?』  だから、私も彼から顔を背けた。というか、背を向けた。 『興味ないわ』  あの時、匡はどんな表情(かお)をしてた……?  十六年も前のことだ。  今更だ。  匡の言葉の何が嘘で何が本当か、わかったところで今更だ。  社長夫人に興味がないと言った私は、その三年後にちゃっかり社長夫人となった。  それを、匡が知っているかはわからない。  きっと、知っているだろう。  だからどうということはない。  今更だ。 「千恵?」  ぼうっとしたいたせいで、名前を呼ばれて思わず顔を上げてしまった。  思いっきり、匡と視線が絡む。 「熱、ある?」  夢の中で聞いた台詞。  夢と現実、過去と現在が交差する。  夢の中で、私は『ある、かも』と答えた。  過去の私も、そう。  けれど、私は夢の中の私とも過去の私とも違う。  もう、違う。  だから、私は言った。 「ないわ」  匡がどんなつもりで聞いたかなんて、わからない。  だから、どうして少し寂しそうに笑ったのかも、わからない。  わかりたくない。  わかるのが怖い。
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