6613人が本棚に入れています
本棚に追加
「嘘つきだな、俺たち」
匡が、言った。
口元は笑っているのに、目が笑っていない。
会いたくなかった。
匡の嘘も、本当も、知りたくなかった。
それ以上に、知られたくなかった。
私の嘘と本当を、知られたくなかった。
『一緒に来るか?』
十六年前。
匡は最後まで『一緒に来てほしい』とは言わなかった。
『行かない』
私は、何度目かもそう答えた。
『お前には、俺じゃなきゃダメだろう?』
最後の時、匡が言った。
朝ご飯の後で歯を磨いた匡が、使った歯ブラシをゴミ箱に捨てた。それを見た時、残された私の歯ブラシを見た時、身体の半分を失ったような、多分、そんな気持ちになった。
それでも、私は、笑った。
笑って、言った。
『バカにしないで。あんたじゃなくても幸せになれるわ』
私は嘘なんて言ってない。
私は、匡とは違う。
だから、そう言った。
何でもないようなことのように。
「私は、嘘つきじゃない――」
自分のその声が、やけに嘘っぽく聞こえた。
私は中身が半分残ったジョッキを、一気に空にした。
「そうだな。千恵は、嘘つきじゃない」
匡が私の手からジョッキを抜き取り、「お代わり注文する人!」とみんなに聞いた。
真奈美がタブレットで、みんなの飲み物を注文する。
何杯飲んだかわからない。
トイレに行こうと立ち上がって、ふらつくくらいは飲んだ。
力強い手に支えられてトイレに行き、席に戻った。戻ろうとした。
「千恵は、素直じゃないだけだよな」
瞼の重みに耐えかねて、目を閉じるとともに、聞こえた気がした。
夢にまで見た、匡の声。
あ、夢か。
目が覚めたらまた病院のベッドかもしれないな、なんて思いながら、私は意識を手放した。
最初のコメントを投稿しよう!