1.夢に見る、会いたくなかった男

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「嘘つきだな、俺たち」  匡が、言った。  口元は笑っているのに、目が笑っていない。  会いたくなかった。  匡の嘘も、本当も、知りたくなかった。  それ以上に、知られたくなかった。  私の嘘と本当を、知られたくなかった。 『一緒に来るか?』  十六年前。  匡は最後まで『一緒に来てほしい』とは言わなかった。 『行かない』  私は、何度目かもそう答えた。 『お前には、俺じゃなきゃダメだろう?』  最後の時、匡が言った。  朝ご飯の後で歯を磨いた匡が、使った歯ブラシをゴミ箱に捨てた。それを見た時、残された私の歯ブラシを見た時、身体の半分を失ったような、多分、そんな気持ちになった。  それでも、私は、笑った。  笑って、言った。 『バカにしないで。あんたじゃなくても幸せになれるわ』  私は嘘なんて言ってない。  私は、匡とは違う。  だから、そう言った。  何でもないようなことのように。 「私は、嘘つきじゃない――」  自分のその声が、やけに嘘っぽく聞こえた。  私は中身が半分残ったジョッキを、一気に空にした。 「そうだな。千恵は、嘘つきじゃない」  匡が私の手からジョッキを抜き取り、「お代わり注文する人!」とみんなに聞いた。  真奈美がタブレットで、みんなの飲み物を注文する。  何杯飲んだかわからない。  トイレに行こうと立ち上がって、ふらつくくらいは飲んだ。  力強い手に支えられてトイレに行き、席に戻った。戻ろうとした。 「千恵は、素直じゃないだけだよな」  瞼の重みに耐えかねて、目を閉じるとともに、聞こえた気がした。  夢にまで見た、匡の声。  あ、夢か。  目が覚めたらまた病院のベッドかもしれないな、なんて思いながら、私は意識を手放した。
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