1.夢に見る、会いたくなかった男

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 足の骨にひびが入り、頭も切っていたから、二週間ほど入院した。  大きな病院であれば入院させてもらえなかったかもしれない程度だが、運ばれたのが、すこし大きな個人経営の病院だったのが、良かったのか何なのか。  家にいて身動きが取れず母に迷惑をかけるよりは良かったと思う。  ついでに、帰ってくる前に、保険関係の名義変更を済ませておいて良かった。  そんなことをダラダラと話し、私は柚葉の家を後にした。  車で送ると言ってくれたけれど、のんびり電車で帰りたい気分だった。  こんなにゆったりとした生活は、いつ振りだろう。  子供ができる前?  結婚する前?  就職する前?  大学時代?  そこまで考えて、それ以上考えるのをやめた。  あいつを思い出してしまうから。  美容室、どこにしよう。  違うことを考えた。  電車がくるまで八分あり、私は乗車位置に立ってスマホで検索した。  反対方向の電車が到着し、髪がバサバサと顔を覆う。  東京の風とは全然違う。  ひんやりと心地良い風。  柚葉の家もそうだが、まだ庭に雪が残っているのだから、当然だ。  東京の風は生ぬるくて、息苦しかった。  いつの間にかその息苦しさにも慣れて、今はこうして故郷の風が冷たく感じる。  気づけば、東京で暮らした年月が、故郷で暮らした年月を二年ほど上回っていた。が、私は帰ってきた。
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