1.夢に見る、会いたくなかった男

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 結局、東京は私の居場所じゃなかったってことかな……。  電車は空いていた。  まだ、学生もいない時間。  お母さんと同じくらいの、六十代後半の夫婦や、友人同士で座っていたり、ママ友と思しきグループがドア付近に立っていたり、二十代らしい男性が大きなヘッドホンをつけてシートの端で丸まっていたり。  私はヘッドホンをつけた男性と二人分の距離を取ってゆったり座り、ぼーっと広告を眺めていた。  転職相談会、派遣登録、主婦パートの情報サイト。  年金相談、お金のトラブル相談、夫婦や恋人のお悩み相談の窓口紹介。  塾、霊園、専門学校の広告。  一通り見て、派遣会社の広告に視線を戻す。  働かなきゃ……。  私の職務経験は一社のみ。  そこそこに規模は大きかったが、なにせ勤務は三年だけ。しかも、受付嬢だ。 『嬢』と呼べる年ではなくなった私には、何の強みでもない。  普通に、事務?  スーパーやコンビニなら、登録しなくても募集してそうだよね。  僅かな財産分与があったとはいえ、子供に会いに行くための飛行機代や宿泊費、行事ごとにお祝いしてあげたいと思えば収入は必要だ。  合コンなんて言ってる場合かよ……。  私はため息をつき、頬をくすぐる毛先を横目で見た。  とにかく、髪切ろ。  結局、家に帰るまで美容室を探し、明日の午後の予約を入れた。
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