かりる、かりる。

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かりる、かりる。

 あら、と私は不意に足を止めた。交差点で野次馬が集まっているのだ。どうやら交通事故が起きてしまったらしい。灰色のワンボックスカーが、電柱に頭から突っ込んでいるではないか。  集まっている人の姿が多くて詳しいことは何もわからない。なんせ、七十歳の私は身長が155cmほどしかないのである。ただ、野次馬している人々の話声だけは聞こえてきたのだった。 「怖いわー。またアクセルとブレーキのかけ間違いなんじゃないの?結構運転手、高齢だったみたいだし」 「自分は大丈夫って思っちゃうんでしょうね、どうしても」 「この近隣なら、バスも電車もあるからさっさと返納すればいいのに」 「自分でどこでも自由に行けるって快感からやめられないのよ。田舎に住んでいる人は仕方ない面もあるんでしょうけど」 「そうよねえ」 「それよりも怖いのは、人が一人巻き込まれたって話!若い人が電柱との間に挟まって」 「ええ!?それ、無事なの!?」  あまり楽しい話ではない。私は愛犬のマーティー(黄色のラブラドール・レトリーバーのオス、二歳)のリードを引っ張って、彼に声をかけた。 「今日は、こっちの道はやめましょうマーティー。事故現場なんて見たくないもの」  散歩コースは何種類かある。あまり縄張り意識が強くないのか、彼は突然のコース変更にも大抵異を唱えることがない。あるいは、それほどまでに飼い主である私を信頼してくれているのだろうか。  少しばかり戸惑った様子を見せたものの、すぐに私の隣をいつものように歩き始めたのだった。
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