桜樹シオン、恋に落ちる

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生徒会室の中には、奥の大きなデスクに座るシオンとその傍らに立つ副会長がいた。 部屋は本棚に囲まれ、シオンのデスクの背後の棚にはおびただしい数のトロフィーや盾が並んでいる。 「いらっしゃい。さあ、入って入って」 笑顔で副会長に手招かれ、失礼しまーす、と聖と共に奥へと進む。 この副会長もシオンほどではないが背が高い。切れ長の目は笑っていなければ怖い印象を与えるが、今は細くなっている。 運動もこなすシオンとは違い、線の細い体形。目立つ長めの銀髪にメガネをかけ、耳にはひとつずつピアスが刺さっていて、校則は外見を縛るものではないことが見て取れる。 「僕は生徒会副会長の鷹城(たかしろ)幸隆(ゆきたか)。2年A組。こっちは皆さんご存知、僕と同じ2年A組の『何でもできる男』生徒会長の桜樹シオン」 「生徒会へようこそ! 困ったことや分からないことがあれば遠慮なく聞いてくれ!」 じゃあ、とはゆが手を上げる。 「サポートメンバーを辞退するにはどうすれば」 「あ! 風間(かざま)! いいところに来た!」 シオンが生徒会室に入ってくる黒髪の女子生徒を見て笑顔で手招く。 本当に話聞かないな、とはゆの顔がまたも渋くなった。 「書記の風間沙和(さわ)だ。とても小柄だが君たち1年生の頼れる先輩となるだろう」 「よろしくね。咲矢さん、綾坂さん」 身長156センチのはゆよりもだいぶ小さい。黒髪で上品な2年生と握手を交わしたはゆはその手の小ささにも驚いた。 沙和と背が高くて華やかなゆるふわロングが似合う派手な顔立ちの聖が並ぶと、和と洋といった対照的なものを感じる。 「早速だけど、サポートメンバーの二人に仕事を頼みたい」 幸隆が段ボールに入った大量の紙を机に置いた。 「広報の1年生が張り切って校内アンケートを取ったんだけど、中等部と高等部がごっちゃになってるんだ。分けて欲しい」 「はい」 なんだ、簡単な仕事だ。 はゆは聖と並んで立ち、仕分け作業に入った。 アンケート用紙の左上に四角で囲まれて中等部、高等部と書いてあるから分かりやすい。実に簡単な仕事だった。 簡単で単純な作業は眠気を呼ぶ。 10分もすると、はゆはあらがえない程に大きな睡魔に襲われて、目を閉じたと同時に頭が後ろに持って行かれた。首が大きくのけぞり、そのまま後ろに倒れ――ようとしたところで、シオンに抱きとめられた。 キャー! と聖が目を見開いた。はゆも固い胸板と肩にシオンの大きな手を感じてパッと目を開く。 「どうした? 体調でも悪いのか?」 「い、いえ、大丈夫です。眠かっただけですし、今ので目が覚めました」 「睡眠不足か。無理は良くない」 シオンは有無を言わさずはゆをお姫様抱っこすると、自分のデスクの椅子へと運んだ。 「この椅子は去年イングリッシュスピーチコンテストで優勝した時に理事長から寄贈された高級品だ。背もたれに体重を預けると滑らかにしなってベッドのようによく眠れる」 唖然とするはゆにシオンが微笑んだ。 「俺も疲れた時にはよく寝てる。咲矢もこの寝心地の虜になるだろう」 学ランを脱いで、嬉しそうにはゆの体にそっとかける。 「おやすみ」 「こ……おやすみなさい」 はゆは、こんな甘やかされる義理はないと拒絶しようとしたが、一瞬で睡魔を巨大な魔物に変貌させてしまう高級椅子の魔力には抗えなかった。 キュッとシオンの学ランを握り、いい匂い……と思いながらスッと眠りに落ちて行った。 自分の席で仕事をしながら一連の流れを見ていた沙和がシラーッとした目配せを幸隆に送る。 「私たちは椅子に触れることすら許されないのに、この差は何でしょう」 幸隆も苦笑するしかない。 「マジではゆっちに惚れたか、シオン」 「ああ! 俺に興味を持たない子を俺は探していた!」 「そんな理由で?!」 驚いた聖の声が甲高くなる。 だが、すっかり寝入ったはゆの髪を愛しげになでるシオンに聞こえてはいなかった。
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