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咲矢はゆを通り過ぎていった男たち
はゆは眠い目をショボショボさせながら作業台の上にあるチラシを新聞に挟んでいく。裸の豆電球が天井からぶら下がる真下だが、それでも薄暗い。
眠い……だけど、やらなければ。
家業である新聞屋の仕事をするから私立高校を専願受験させてほしい、と去年はゆから父に申し出た。
はゆには夢がある。
はゆはひとりっ子で、三歳の時に買ってもらった赤ちゃんの人形を中学生になっても毎日ミルクを飲ませ大切に世話をしていた。
妹が発売されれば、即購入した。
成長しない人形を愛でながら、将来はたくさん子供を産んで、子供たちに囲まれたいと強く望むようになった。
はゆは自堕落で無鉄砲な娘だが、用意周到な一面もある。
子育てや結婚に関する統計などを調べ尽くした結果、五年以上の交際を経て二十三歳までに結婚、二~三年置きに三人以上の子供を産む、というはゆ的完璧な人生設計が完成した。
この譲れない設計を実現するためには、十八歳までに結婚相手を見つけ出さねばならない計算になる。
そこではゆは、ハイスペックな男子が多いと評価の高い私立清蘭学園に目を付けた。
高校生活三年の間に、結婚相手となるハイスペ男子を清蘭学園で見つけ出す! 目標は、偏差値五十な並の私と釣り合うギリギリ、ハイスペ偏差値六十五!
ただ、ひとつだけ、設計に穴があったと認めざるを得ない。
まさか、私は朝に弱かったとは……。
はゆはよろめきながら自転車にまたがった。
「はゆ、用意できたかい?」
「うん。行ってきます」
「えらいねえ、学校が始まったら音を上げるだろうと思ってたのに仕事続いているじゃないか」
新聞屋の作業スペースからつながる居間の引き戸を開け、はゆの父、咲矢信吾が人当たりの良い笑顔をひょっこり出す。
「自分から言い出したことですから……」
「素晴らしいよ、はゆ。ごほうびに今日こそ僕が代わりに配達行こう」
「お断りします」
うっせえ、いいかげん私はやると言ったことは絶対にやりとげると学べ心配性。毎朝毎朝うっとうしい。
シャッターを開け、まだ暗い中自転車をこぎだしてもしつこく聞こえる「気を付けるんだよ~」の声が一層はゆをいら立たせた。
「2年A組、桜樹シオンくん!」
「はい!」
グラウンドでつつがなく進行する朝礼の中、はゆがボーッと突っ立っていると日光に照らされたブラウンの髪を揺らしながら美しい生徒会長が朝礼台に上がった。
「全日本高校剣道大会優勝、桜樹シオン! おめでとう!」
理事長から直々にトロフィーを受け取り、惜しみない拍手に包まれる。
「副賞として、桜樹くんには理事長よりトイレットペーパー1年分が送られます」
ぼんやりした頭で、はゆはなぜ剣道優勝の副賞がトイレットペーパー? と理解できなかった。
「たった1か月指導しただけの桜樹先輩に負けて、大道主将、えらい落ち込んでたよ。見てられなかった」
「へえ、桜樹先輩に負けて落ち込むなんて、よほど強いんだな」
「そりゃあ、10年以上剣道一筋なんだから」
隣のクラスの男子の会話が聞こえる。
『何でもできる男』は時に人を傷付けるみたいね。
ご愁傷様です、と頭の中で頭を下げたはゆの頭上に、ブロロロロロとけたたましい音を上げ爆風を起こしながらヘリコプターが高度を下げてくる。
「ヘリ?!」
校庭にヘリ。
あり得ない着地に生徒たちはみな怯えてヘリから離れ遠巻きに眺める中、生徒会長である桜樹シオンがひとり近付いていく。
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