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はじまり
午後五時四十五分。大型家電量販店のおもちゃ売り場にて、高校一年生の桜樹シオンはひざから崩れ落ちた。
「タイムセールは限定数に達したため終了いたしましたー。新発売、ポルちゃんの妹ラブちゃんは十六番通路ポルちゃん売り場にて定価で販売しておりますー」
タイムセールと書かれた大きなプレートの刺さったワゴンが店員の手によりガラガラと去って行く。
「……六時までに来れば買えるものだとばかり……」
生徒会の仕事をしてから妹と合流したことをシオンは深く悔いた。
冷たい床を叩くシオンの手に、温かみを残したしずくがポトッと落ちる。
「ラブちゃん~~~」
つい五分前までシオンの手には浮かれた妹の手が絡みついていたというのに、今の妹には絶望とあふれ出る涙しかない。
「ごめん、真っ先に買いに来れば良かった。メリカルに安く売られてないか探してみよう」
「転売目的で購入された汚い大人の手あかがついたラブちゃんなんてイヤだ~」
妹はシオンが思っているよりも真っ当に成長している。
定価で買うだけの手持ちがないシオンは、泣きじゃくる妹を前にすっかりかける言葉を失ってしまった。妹がどれだけ今日という日を楽しみにしていたかは、シオンが一番よく知っている。
「あげる」
妹の目の前に、赤ちゃんの人形が入ったピンクのかわいい箱が現れた。
条件反射でひったくるように自分の手に収めた妹は、ぎゅっと箱を抱きしめた。
「大事に育ててあげてね」
少女がかがんだ拍子にキラリと光るネックレスが垂れて、シオンは顔を上げた。
シオンには見向きもせず、妹に目線を合わせた、優しい笑顔がシオンの胸に焼き付く。
初めての感覚に、『何でもできる男』桜樹シオンでさえも言葉を失くし立ち尽くした。
妹に腕を引っ張られると、シオンはハッとした。
しまった、お礼を言えていない。
あの子だって、ラブちゃんが欲しくてここに来たんだろうに。
制服からして、たぶん中学生だろう、とシオンは思った。
中学生では、到底定価で買えない。
申し訳ないことをした……また会いたい。
どこの誰かも分からないが、笑顔が素敵な優しいあの子に。
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