カリモノの器。

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 鏡を覗くと自分が居た。  改めてこのシステムの素晴らしさに感嘆する。もはや対価を払って手に入れられないものなど無い時代になったのだ。モノやヒトを貸し出すなんていうのは当然のこととして。   今や時間や空間、果ては過去、未来、魂、そんな神の領域に値するものですら右から左へと流れるように対価と引き換えに受け渡してゆく、そんなシステムを構築したのは、紛れもなく自分で。  はじめは怖ろしかった。しかし試しに自分の器を貸してみたのだ。  方法は意外と簡単だった。まずカレンダーの裏に油性ペンで「カラダ貸します。」と書きなぐる。→なるべく寂れた地方都市の駅前に立つ。→疲れ切った顔つきと薄幸そうなオーラを醸し出している人と目線を合わせて微笑む。  その際の服装は、チノパンに白シャツとおろしたてのコンバース。清潔感を大切に。  うさんくさいくらいに爽やかな笑顔を浮かべながら待っていると… 「宗教?」  だいたいこうくる。だから応える。「似たようなものかもしれません。」 でも、と続ける。 「でも、あなたはきっと今よりは幸せになれますよ。」 …何故なら、あなたは"あなた自身"が嫌いでしょう?だから私と交代しませんか。この器を、ただの魂の入れ物でしかない器を、私は、あなたに貸すことができますよ。ああ、やっぱり胡散臭いですか?試してみたらいいですよ。だって、あなたよりも私の方が"幸せそう"に見えませんか?…ね?そうでしょう。あなたのためになら、私は…  そうやって、数え切れないくらいにたくさんの人が私の過去、未来、魂を肩代わりしてくれた。おかげで私はとても楽になった。  あなたも試してみるといい。自分の器を貸すことによって、己の"魂の業"を相手に少し、持っていってもらうのだ。  そのためには、なるべく幸せそうにしているといい。傷とか痛みとか、表に出さないでいるといい。大丈夫。抱え込み過ぎてどうしようもなくなってしまったら、カレンダーを破いて町に出よう。  なるべく寂れた町の駅前で、あなたを待っている人がいるから。    鏡を覗くと、とても幸福そうに微笑んでいる自分がいる。 
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