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『No.001都内、大黒町 雑居ビルの清掃員 後編
~敷根さんの秘密~』
あの社員が、職場から去って5ヶ月が経った。
火の輪商社では、あの日以来、
敷根さんは、数回来ては、
あの日と同じように、
無理なお願いを、予言と称してしてくる。
そしてそれを社員は、喜んで笑顔で、遂行する。
うまく出来ていて、死なない程度に、済ませる運びになっており、
莫大な退職金が、慰謝料とともに出るからだと同僚は、話している。
なぜそこまで詳しいのかは、自分は、ほとんど社員みたいなもので、このアルバイトが長いのだという。
ただ、社員にはならない。
なぜなら、実情が、ああいった地獄だからだ。
自分は、彼らの毎日を見てほくそ笑むのがいつからか楽しみになっていた。
そんなとき、あの『敷根さん』の秘密をそれとなく教えてもらった。
敷根さんは、昔この会社の起業に貢献した人物の親族の一人で、死んでからも『会社の顔』のように扱われていた。
というのが、同僚の話であるが、
そこから先は、同僚の憶測にはなるが、
その死んだ魂を『福の神』のように奉るうちに、
いつからか、『来訪神』として、迎えたのだという。
『福の神』であるがゆえに、こちらが願いを叶えることが出来れば、会社に幸いをもたらしてくれるらしいのだが、
どうして死んだ人間が、というのはわからないが、
だからこそ重役たち、ひいては社員たちは、『逆らえない』のだという。
本人には、おつむが弱いらしく、自分が『神様』だと勘違いしているのではないかと、同僚は考えているのだと予想する。
そしてさらに、敷根さんは、会社関係者以外には見えないことがわかった。
つまり、外部の人間には見えない『そういう』類いの存在なのだという。
ただ、敷根さんの真実はもっと残酷だった。
それを知ったのは、
あと数ヶ月で一年だという秋口。
しばらく敷根さんともご無沙汰なので、すっかり
忘れていたころ、
あの辞めた社員が、死んだことが同僚の口から明かされた。
死因は、『飛び降り自殺』らしい。
どうして大金をもらった矢先に亡くなるのか、
疑いを持ったが、
重役たちが、珍しく会議をするというので、こっそり会議室前の部屋に忍び込む。
真新しい『骨壺』がひとつ、運ばれてきて、
その骨壺の前に重役が並び、
神主が祝詞を上げると、
ガタガタと骨壺が震えだす。
その骨壺からは、苦悶の声が漏れる。
『やめてくれ、やめてくれ』
押し殺すような弱々しい悲痛な叫びに聞こえた。
そうすると、
骨壺の前に置かれていた棺の中から、
聞いたことのある声が聞こえた。
それは、(敷根さん)のあの気持ちの悪いガムを噛むようなクチャクチャした声。
その時、川崎は、悟ったのだ。
『そうか、敷根さんは、存在しない。
敷根さんが最初からいるんじゃなくて、
死んだ人間を媒体にして生まれる存在だったんだ
敷根さんは、(いる)のではなく(なる)ものなんだと思った』
それに、骨壺から聞こえた声にも聞き覚えがあった。
その声は、間違いなくあの退職した社員のものだった。
そして、社長を含めた重役たちは、敷根さんの声を確認すると、
満面の笑顔で、拍手をした。
『今年も会社は、安泰だ。敷根様に感謝せねばな』
社長は、そう言って、大口を開けて笑った。
それから、敷根さんはたまに、現れて、
重役たちに引き連られ、現れるのだと同僚から聞かされた。
川崎は、その敷根さん騒動の一件で、すぐさま身を引いた。
その後の会社の話は、聞かない。
ただ、同僚は、莫大な契約料を引き合いに出され、社員になることを承諾し、その後、喉をボールペンで突き絶命していて死んでいるのが自宅近くで、発見されたという。
川崎は、思った。
『ああ、また媒体とする魂がまた必要になったんだな』と。
彼ら二人の死には、何らかの『意図』が見えて、
川崎は、暗い気持ちになったのだという。
あの会社は、いつまでそんなことを続けるのかわからないが、これだけは言える。
憐れなのは、会社の人柱になり、死んでいった者たち、それから、
利用されている『敷根さん』自身だと。
重役たちは、どんな目に遭おうと仕方ないと思うが、彼らの魂は、救われてほしいと願ってしまう。
あの時見た敷根さんの瞳は、
なぜか『恐い』というより
『寂しく』見えた。
これが、俺が体験した、あのビルでの仕事のすべてだ。
第一話 完。
第二部へ続く。
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