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 生活に追われ、疑問を流し続けていた。しかし、本日は予定が白くなっている。荷ほどきも食事の準備もなーんにもない。ついでに言うと、動きたくすらない気分だった。正に、思い出に浸るのにうってつけの日なのである。  狭い床に、右半身を委ねる。目を閉じると、ぼやけていた日々が輪郭を描きはじめた。   「ねぇお父さん、今日はお母さん帰ってくる?」 「んー、今日もおばあちゃんが来てくれるよ。マイ、いい子でいてね」 「やだ! お母さんがいい!」 「ごめんね、行ってきます」  そう言いながら、父が背中を小さくする。それがお決まりの光景だった。どれだけ願っても母に会わせてくれない、そんな父が嫌いだった。  独りぼっちが染みて来た辺りで、必ず祖母がやってくる。そうして、私の好きな遊びをしてくれた。まるで、取扱説明書でも持っていたかのように。だから、その時だけは寂しくなかった。  寂しくなるのは、決まって父といる時だ。祖母が変身したのでは、と疑うタイミングで、いつも二人は入れ替わる。それから私たちの時間は始まったが、大抵は夕暮れの庭が舞台だった。  不器用な父の手により、庭は茶色にリフォームされた。変貌ぶりが、幼いながらにショックだったのを覚えている。変わり果てた庭を見る度、寂しさが何倍にもなった。なぜ守ってくれなかったと何度も責めた。  それでも庭を選んだのは、母の帰りを迎える為だ。"お母さんは遠くへ行った"との言葉をそのまま信じ、毎日登場を待ち続けた。  当然、母が帰宅することはない。恋しさが爆発しそうになった頃――私は一つの種を見つけた。それは、嘗て母が見せてくれた種だった。今や形は朧気だが、確か黒っぽかったと思う。  私は、それを自慢げに父に見せ、屋根付きの一等地に植えた。アイスの棒で目印まで作って。  名前も知らない種に、鮮やかな世界の再来と、母との再会を委ねた。 「お花が咲いたら、お母さんに会えるよね!」  父は本当に困っただろう。しかし、否定された記憶はなく、ただ笑っていたように思う。  それから、長い育成の日々が始まった。
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