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 一つ断って置きたいが、別に俺と彼女は付き合っているわけではない。  単に家が隣同士の幼馴染みで腐れ縁という定番……いや、正直に言おう。俺は片想いしてるが、彼女の気持ちは知らない。  惚れた欲目抜きでも、彼女の美貌は本物だ。幼い頃から、一言で例えれば『日本人形のよう』という評価は、十人中十人が口にする。  つまり、そんな容姿だ。  そんな彼女は今、俺の数メートル先で、蝶のように舞い、蜂のように刺している。  これも喩えだが、そんな喩えがピタリとハマる光景だ。  正確に言うなら、数人の男たちを一方的に、華麗に伸して行っている。  俺は、ほんの数秒前にこの場に辿り着いたので詳細は分からないが、黒塗りの車が一台傍に止まっているのを見れば、相手方の思惑の見当は付く。  大方彼女を拉致ろうとして、返り討ちに遭っている真っ最中に間違いない。何せ、彼女はあの通りの容姿だ。  世の中、告って来て、フられて泣くだけの可愛い連中だけじゃない。拉致ってでも言うこと聞かせようって物騒な奴も、結構いるものだ。  何年か前に、同じ目に遭いそうになった時は、彼女はもちろん、たまたま一緒に下校中だった俺も()(すべ)はなかったが、そのあと武術という武術を端から習い始めて、今はこの通りだ。  彼女が一人の男の土手っ腹に、遠慮なく蹴りをくれて、最後の男に向き直った。彼女の動きに合わせて、ストレートの黒髪が、(あで)やかに円を描く。  相手はいかにもといった金髪――ではなく、ごく普通のサラリーマンに見えた。  スラリとした体つきに、何の変哲もないスーツを身に着けている。黒縁の眼鏡を掛け、今風に切り揃えられた髪の色も黒。どう見ても大人しげな、一般的な若い男なのだが、目の当たりにした彼女の強さに、膝がすでにみっともなく震えている。  彼女が威嚇するように拳を後ろへ引くなり、男は車に飛び乗った。伸された男たちを置き去りに、車は猛然と走り去っていく。  そのナンバーを記憶に灼き付けるのは、もちろん忘れない。あとで、色々と事後処理があるのだ。
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