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 無意識に吐息を漏らして、俺はようやく彼女に声を掛けた。 「――紗由彌(さゆみ)」  呼ばれた彼女、こと保科(ほしな)紗由彌は、(はじ)かれたように俺を振り返った。  その彼女の整った美貌は、今し方まで男数人を相手に、圧倒的有利に戦っていた時とは正反対に、青白くなっている。身体も、今になって小刻みに震えていた。 「ひっ、(ひじり)、あんた、ねぇ……どーしてそこにいるのに今までぼっと見てるだけなのよぉ」  バラの花弁(はなびら)のような唇から出る文句も、覇気がない。  黒目がちの瞳は、ウルウルと潤んで、今にも泣き出しそうだ。  普段、学校内じゃ『無口』だの『クールビューティ』だの、果ては『口数少ないのがミステリアスで、それがまたいい』だのと言われているのが全部嘘くさく見える。 「最初から見てたわけじゃねぇぞ」  俺は、肩を竦めて並足で彼女に歩み寄りながら続けた。 「俺が来た時は、もう残り二人になってた。お前が一人の腹に蹴り食らわして、最後の一人に拳振りかぶんのはまあ、ぼっと見てたって言われりゃそれまでだけど」 「うっ、うう、うるさい! こっ、……こ、怖かったわけじゃないけど! 早くコイツらどうにかしてよ!」  先刻逃げていった男と負けず劣らず、膝を生まれたての子鹿のようにしながら、紗由彌は自分が伸した男たちを指さして喚いた。 「ハイハイ、怖かったんですね、お嬢様」 「怖くなかったってば! 全然一人でも大丈夫だったけど! 後始末くらいは譲ってやってもいいって言ってんの!」 「分かった分かった」  できれば後始末まで自分でやれよ、と思いながら、俺はスマホを取り出してまず110番へ通報する。まるで、Gのつくあの昆虫を倒した時と同じやり取りだ(もっとも、Gの時は別に警察に電話なんてしないが)。 「……あー、もしもし? ……はい、事件です。多分、誘拐未遂」  言葉とは裏腹に震えながら俺にしがみつく彼女の頭を、ポンポンと撫でてやりながら、俺がこのあと、伸された連中の為に119番にも電話を掛けたことは言うまでもない。 【了】脱稿:2022年5月2日
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