樋泉さんのお家事情

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 拝啓、前世の自分。 今、私はとてつもなくピンチに見舞われてます。 「お嬢〜。朔お嬢〜かくれんぼですかい?」 眼帯をつけた厳つい男が私を探している。 しかもドスを持って!! なんでこうなったかというと話は数年前まで遡る。  私はしがないブラック企業の社畜と呼ばれる人員で帰りに偶然、日本一のヤクザ、樋泉組の取引現場を目撃する。 見られたらまずいと言わんばかりに眼帯の男に撃ち殺され人生が終わるはずだった。 目覚めてみれば赤ん坊になっておりそのまま7年が経過し、私を殺したはずの男が世話係になっていたという。 回想終わり。 (なんの因果だ。) 現在、私はじいじの書斎の机の下にいる。 何故かって? 第一の理由として、ここが一番見つからない。 強面な構成員たちは私を溺愛しているらしく、髭面で頬擦りをしてくる。 しかも血塗れの服の状態で。 恐ろしいっちゃありゃしない。 そんなことを考えながら机の下で震えていると。 「お嬢〜ヤンキーの瞳に恋してるの時間ですよー。 見たいって言ってたドラマなのにいーのかなー。」 あの眼帯野郎、よもや私の好みを把握してるとは一生の不覚。 観念して出てくるべきか? いや、あの髭面で頬擦りは勘弁願いたい。 それもこれも父と母が共に海外へ逃亡するからいけないんだ。 抗争でヘマやらかして世間様に面が割れてしまってお陰で私は五回目の転校をさせられる羽目に。 そして母方の旧姓を名乗って祖父母の家で身を寄せているのだ。 しかも居候として暮らすのにじいじは「朔を俺の跡取りとして育てる!!」と宣言してしまったのだ。 本当にあり得ない。 普通の小学生が極道の跡取りとか普通、誰か反発する人とかいるでしょ。 そう思って辺りを見回すが皆、いい顔で拍手を送ってくれたことが忘れられない。 空いた口が塞がらなかった。 いかんいかん。 首を横に振って現実に戻る。 ヤンキーの瞳に恋してる。は私の好きな武内ユウマくんが主演で出ているドラマだ。 じいじの部屋からテレビのある居間には構成員がウロウロしてる。 スマホで見るべきか? スマホは居間に置き忘れてしまった。 不覚、一生の不覚。 私はしばらく後悔の念に地団駄を踏んでいた。 その音に気がついたのか眼帯構成員ことマサはじいじの部屋に平然と入る。 「お嬢〜そろそろ観念した方が身のためだぞー。」 呑気な口調とは裏腹に焦りが見え隠れする。 それもそのはず、じいじがもうすぐ会合から帰ってくる頃だ。 いい加減見つけてお出迎えしないとじいじの鉄拳制裁が飛ぶ。 それを承知の上で私は隠れる。 じいじもマサも私に過保護すぎるのだ。 「みーつけた。 ほらお嬢、親父の所行くぞ〜。」 脇に手を差し込まれ、持ち上げられる。 「い、嫌だ!私はお出迎えなんてしないぞ!」 「まあまあ、そう言わずに〜。 朔お嬢しかできねーことだから、な? このとーり!」 マサが申し訳なさそうに頭を下げる。 正直降ろして欲しいがそうは問屋が卸さない。 渋々居間に連行されてドラマを見る。 しかもマサの膝の上で。 「ねーマサー座り心地が悪いんだけど。」 「お、お嬢。 動かないでくれ、その、動くと色々見えちまう。」 マサはこう見えて隠れむっつりなので女子に免疫がない。 小学生のミニスカぐらいで顔を真っ赤にしてわあわあ喚くおっさんだ。 マサの態度を一通りからかってドラマを見るのはちょっと面白い。 「ほ、ほら、親父が帰ってくる時間なので玄関で待ちましょうや。」 「ふーんだ。 マサは本当に童貞なんだから。 別にじいじは誰が迎えても態度は変わらないはずよ。」 「なっ、そんな言葉どこで覚えたんすかお嬢!」 マサの説教を聞き流し、玄関に向かう。 丁度いいタイミングでガラリと引き戸が開いた。 「おお、朔か。ただいま。」 和服につばの広い帽子といういかにも任侠映画の人物を自で行く祖父こと樋泉洋一郎。 同級生からは任侠映画の大スター片栗源に似て渋めでかっこいいおじいちゃんだねとよく言われる。 だが、その実、孫には激甘な祖父なのだ。 樋泉組の組長とあろうものが型なしなのだ。 「じいじおかえり。」 媚び媚びの笑顔で出迎えすれば祖父の頬が一気に緩む。 「んーありがとう〜朔ちゅわーん。 じいちゃまがそんなに恋しかったのかなぁー。うんうん、可愛いねぇ。 今日のお土産は朔ちゃんが前食べたいっていってたチーズケーキだからねぇ〜。」 抱きしめる力が若干強いがこれも祖父の愛情表現であることには間違いない。 「あ、はは。ありがとう。」 「あー遅かったか。」 目も当てられない惨状と言わんばかりにマサが顔を手で覆う。 惚けてないで助けて欲しい。 「はっ、マ、マサか。 子守りご苦労だったな。」 組長としての威厳ある態度で振る舞ってももう遅い。 「へい、これくらいどうってことないっす。 それより親父、今日の夕飯は何にしましょう?」 「ばかもん!作ってないのならそういえ!鮨食べに行くぞ鮨!」 「え、急にそんな…。」 これが私と親バカ?孫バカ?な組長と頭の悪い構成の日常である。
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