10話 それが、校閲部の仕事ですから。

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10話 それが、校閲部の仕事ですから。

《小野優斗の控え室》  立候補者にはそれぞれ控え室が用意されていた。  体育館を出て、渡り廊下を歩き、突き当りでぼくと柊霧子はそれぞれ反対側に進む。  ぼくの名前、小野優斗と書かれた紙が貼ってある控え室の扉を開けると、そこには校閲部の桐谷冬木がいた。 「桐谷くん……、いや桐谷!」  ぼくはポケットから演説原稿を取り出し、桐谷に突き出す。その際、柊霧子の告発文が書かれたメモ用紙が床に落ちたが、気にしていられなかった。 「これはどういうことだ!?」  選挙開始直前に校閲部に渡された演説原稿。  宇治先輩の言う通り、原稿の内容は何も変わっていなかった。  だが。  ただ一点、紙の端にメモが書き加えられていた。 『柊の秘密を明かした場合、  柊はお前の秘密を明かすだろう。  どうするかはお前次第だ』  演説原稿を握りつぶし、ぼくは地面に投げ捨てる。 「演説を成功させるために働く校閲部が、演説者の邪魔をするなんてありえないだろ!?」  ぼくの叫びを無視して、桐谷は床に落ちたメモを拾い、中身を確認する。 「これを読むつもりだったと?」 「そうだよ! なのにこんな落書きをされて心を乱され読めなかった! どうしてくれるんだ!?」 「俺たち校閲部は読者や聴者に間違った情報を届けないために存在する」 「間違った情報……?」 「この告発文、俺が校閲してやる」  校閲?  桐谷はポケットから赤ペンを取り出すと、告発文の『柊霧子さんは、喫煙をしています。』という部分に線を引き、バツ印を書く。 「まず、柊霧子は喫煙なんかしていない」  桐谷はまっすぐとした眼差しでぼくを見据える。 「お前がタバコの吸い殻をばらまいた犯人だ」  ぼくが、犯人? 「ぼくはタバコなんか吸っていない……」 「よく聞け。俺はお前がタバコを吸っているなんて言ってない。  お前は、校内にタバコの吸殻をばらまいただけだ」  桐谷はポケットからタバコの吸い殻が入った袋を取り出しぼくに見せてくる。 「それは?」 「校内に落ちていた吸殻だ。よって、『嘘だと思うなら、その場所に行ってみてください。そこにタバコの吸殻が落ちていることでしょう』という部分も誤りになる」  そう言いながら、桐谷は該当箇所を赤ペンで線を引く。 「ついでに言うと『いそいそ』は動作に嬉しさが溢れている様をいう。気づかれないように行動する『こそこそ』と勘違いして使われがちだが、これも誤りだ」 「だからなんだよ。それに、場所なんかどうでもいい。その吸殻こそが柊霧子が喫煙している立派な証拠だろ!」 「よく見ろ。全部銘柄が違う」 「銘柄?」  そう言って桐谷は袋越しに太さやフィルターの色が違うタバコの吸い殻を一つずつ指差す。 「これは男性がよく吸うやつ。  これは女性に人気のもの。  これらは全部紙タバコで、  こっちのは電子タバコの吸い殻だ。  あとこの茶色いやつは海外の高級品。  他にも諸々、これらを全部同一人物が吸っているとは考えにくい」 「……なんでそんなこと知ってるんだよ?」 「うちにはバカだけど勘のいい奴がいるんだよ。しかもそれが結構当たる。野生の勘ってやつだ」  桐谷は淡々とした口調で推理を語り出す。  もう一人の校閲部である安達光輝は体育館裏でタバコの吸殻を発見したとき、一つの違和感を感じたらしい。  それはタバコの吸殻が完全に熱を失っていたことだった。  もし仮に、柊霧子がタバコを吸って火を消したとしても、光輝たちがタバコを拾うまでのわずかな時間では熱は残っているはずだった。  その時点で光輝は直感的に柊霧子がタバコを吸ったわけではないと理解したらしい。 「そして、光輝が集めた吸い殻の柄や色の違いに違和感を覚え、それらすべてを調べあげた」 「すべてって、何本あると思ってるんだよ?!」  タバコの吸殻はビニール袋がパンパンになるまで入っている。  これらを全部、銘柄やよく吸う人まで調べ上げるなんて……。 「どんなに小さな違和感でも絶対にそのままにしない。調べて、確認して、違和感を消す。それが校閲部の仕事だ」  なんだよそれ……。  校閲部って、なんなんだよ。  ぼくの動揺をよそに、桐谷は推理を続ける。 「あの日、生徒会室で見回りの時に体育館裏に来て欲しいと告げお前は帰ったふりをして体育館の裏で待っていた。  そして、やってきた柊に校閲部のことを伝えた。  フェアな勝負にするために彼女にも校閲部による校閲を受けて欲しいと。  了承した柊は見回り後、校閲部に向かうべく下校。  その後、お前がタバコの吸い殻を置き、それを光輝が発見した」 「ちょっと待てよ。校閲部の人たちはぼくが体育館裏から出ていくところを見たのか?」 「いや、見てはいない」 「柊が帰って校閲部が体育館裏に来たなら、俺はいつそこから離れたんだよ。おかしいだろ」  体育館裏へ入る箇所は一つしかなく、奥は行き止まりになっているはずだ。  ならばぼくがそこから出るときに校閲部に目撃されるはずだ。 「おかしくない。お前は、体育館の東側の扉から帰ったんだ」 「知らないのか? あの扉はもともと開いてないだろ」  今日の選挙だって、東側の扉は閉まっていた。  体育館裏の湿気を含む空気で体育館内の用具がカビないために。    そう言うと、冬木は生徒会が毎日行なっている校内の見回りの順路図と当番表の写真を見せる。 「どうしてこの写真を……」 「ここを見ろ」  桐谷はぼくの質問に答えることなく、画像を指差す。  柊霧子が体育館周辺の巡回を担当していた前日の、体育館の中を巡回する担当の欄にぼくの名前が書かれている箇所を。 「前日、お前は校内の見回りで体育館の中を担当している。その時に扉の鍵を開けておいたんだ。  鍵閉めはその日、最後まで体育館で活動していた部活動の生徒が行うことになっているが、東側の扉はもともと鍵が閉まっていると認識していて、いちいち確認しない。  そこをお前は狙ったんだ。  本来なら鍵を閉めて帰るつもりだったが思っていた以上に光輝たちが早くやってきて、お前は鍵をかける音を聞かれないようにそのまま帰った。  そうだろ?」 「そ、そんなのお前の妄想だろ!!」  桐谷は画面をスライドさせ、当番表の別日を表示させる。 「そのほか、タバコを発見した人目につきにくい箇所の巡回を柊霧子が担当している日は、小野は巡回の当番から外れている。  柊霧子が巡回を終わらせて帰った後にタバコの吸殻を置くためだろ?」 「だから、それも全部妄想で……」 「はぁーあ!!」  突然、ぼくの言葉に重ねるようにため息のような叫び?(もしくは叫びのようなため息)を吐いて、桐谷はボリボリと頭を搔く。  悔しそうな、歯がゆそうな、とにかく何かをすごく嫌がっているようだ。 「やっぱすっげぇ嫌だな。あいつに力借りるの。でもしょうがないよな」 「な、なに言ってんだよ……」  桐谷はポケットから紙の束を取り出し、机に並べ始める。  なんだこれ?  これは、写真?  ぼくは、無造作に置かれた写真の一枚を手に取る。  ど、どうして……?!  そこに写っていたのは私服姿でマスクをした男が周囲を警戒しながら町の喫煙所からタバコの吸い殻を拾い取る姿だった。  マスクをした男。  それは、間違いなくぼくだった。  そのほかにも、柊霧子が見回りを済ませた後にタバコの吸い殻をおく、ぼくの盗撮写真もいくつもあった。  中には体育館裏で自分のポケットからタバコの吸殻を取り出し、地面に捨てるぼくの頭頂部がはっきりと収められていた写真まであった。 「こんなの、一体誰が……」 「人前に立つんだったら、目の前の観衆よりも背後を狙うたった一人に気をつけろ」  ゾワッ!  桐谷の一言で背中に背筋に悪寒が走り、後ろを振り返るがそこには誰もいなかった。  ただ、扉のはめガラスに映る間抜けなぼくだけが、そこにいた。 「なぜ、こんなことをした?」  ぼくは力が抜け、机に手をつく。 「……だって。だってずるいじゃないか!」  並べられた写真を握り潰す。 「なんの努力もせずに先生に贔屓されて生徒会長に選ばれるなんて! そんなの許せないだろ!」 「何の努力もしてない? 毎日一緒に生徒会の仕事をしていてわからなかったのか。柊霧子は誠実に仕事に取り組んでいただろ」  桐谷は安達光輝が作ったという調査報告書を机に叩きつける。  校閲部がぼくの取材をしている間、柊霧子は生徒会活動をおろそかにしている様は一切なかった。  あいさつ運動にも遅れていたわけじゃない。  生徒会のあいさつ運動の開始時間は朝の七時五十分から八時十分までの二十分間。  柊は規定の時間通りに来ていただけで、ぼくの登校時間が早いだけだった。  桐谷は告発文の『柊霧子さんの生徒会活動に対するやる気のなさにも、以前よりぼくは愕然としていました』という部分に赤線を引く。  愕然は『がっかりすること』ではなく『強く驚くこと』をいうため、誤用だと付け加えて。  赤線だらけの告発文が書かれたメモを見て、ぼくは拳を力強く握る。  そんなことはわかっている。 「……で、でも! 僕は聞いたんだ。  金森先生が柊に選挙に当選させてやるって言っていたところを!」  数週間前。  ぼくは生徒会室に向かうと室内に生徒会顧問の金森先生と柊霧子がいた。  二人の怪しい雰囲気を察して、ぼくは扉に耳を当てた。 「柊さんは今度の生徒会長選挙には立候補するのかい?」 「はい、そのつもりです」 「さすがだね。柊さんが次の生徒会長になればお父さんの柊教育長もさぞ喜ばれるだろう」  金森先生がねっとりとした口調で囁く。  すると、柊霧子はいつもの冷静な調子で答えた。 「はい。そう思います」  思い出すだけでも、怒りや、悲しみや、苛立ちで拳が震える。  ぼくはもともと、柊霧子という存在を尊敬していた。  同学年でありながらも生徒会役員の仕事も、勉学も、完璧にこなす彼女に憧れ、少しだけ嫉妬していた。  だけどあの日、彼女の答えを聞いた瞬間、ぼくの中の憧れも嫉妬も、全てが変わった。    あいつだけは、許さない……。  その一心でぼくは、……ぼくは! 「あぁ、そのことなら柊本人から聞いたよ。だからやめさせた」 「え」  ……やめさせた? 「お前のためじゃない。彼女のためだ」 《生徒会室》  生徒の投票は体育館で行われ、開票は生徒会実行委員の生徒たちが生徒会室で行う。  実行委員の生徒は投票が済んだクラスの投票箱から順番に運び、生徒会室にいる生徒会顧問である金森先生へその箱を渡す。 「はい、確かに受け取りました」  実行委員の生徒が次の投票箱を運ぶために生徒会室を去ると、金森先生は鍵を使って投票箱を開け、中の投票用紙をゴミ袋にふるい入れる。  そして、あらかじめ隠していた柊霧子の欄に丸が書かれた偽物の投票用紙を投票箱に入れようとすると、一瞬強い光が金森先生の視界を潰した。 「な、なんだ?!」  眩んだ目をこすり、顔を上げるとそこにはカメラを構えた伽耶響と安達光輝の姿があった。 「冬木の情報は本当だったんだねぇ、これは取引した甲斐があったよぉ。超スクープじゃん!」 「なんだお前ら?! そのカメラを渡せ!」  金森先生は伽耶のカメラめがけて手を伸ばすが俺はその腕を掴み、ひねり上げて足をかけて転ばせる。 「ぐへぇ!」  情けない金森先生の声が地面から聞こえる。 「いいね安達君、私と組まないぃ?」  伽耶はグッと近づき、正面から見上げる。  全く。少しも思ってないくせに。  俺は宇治先輩に連絡を入れ、すぐに金森先生が捨てようとした投票用紙を投票箱に入れ直す。 「俺、相方いるからさ」 「そっか、残念」  言葉とは裏腹に嬉しそうに伽耶がカメラを向けるから俺はピースで写真に収まる。 「なぁ伽耶」 「なぁにぃ?」  金森先生が用意した偽物の投票用紙や生徒会室全体をパシャパシャと撮影する伽耶を見て、俺は今まで聞けなかった疑問をぶつける。 「一年前のあの記事、お前も本当は知らなかったんじゃないか?」 「……え?」  伽耶の写真データを確認する手が止まった。  確かに伽耶は、読者のニーズを理解することに長けている。  それに、一度調べ始めたらとことん追求するスクープ魂もある。  だけどそれよりももっと大きな正義感を持っていたはずなんだ。  だから今回だって。  生徒会長選挙で不正を働こうとしていた小野優斗を張っていた。  だからあの時だって。  誰も触れたがらない、いじめ問題の告発を記事にした。  だから今までも。 「お前はあの記事の責任を自分一人で背負おうとして悪役を演じているんじゃないのか?」 「何言ってんの安達くん。裏学校新聞の発行者の私が、そんないい人に見えるのぉ?」  伽耶はあはははは、と大いに笑い、俺に背を向ける。 「ほんと、勘が鈍いな。やっぱり安達くんは私の相方には向いてないよ」  じゃあね、と手のひらを振り、伽耶は生徒会室を出ていった。 「俺、勘だけはいいんだけどなぁ」 《柊霧子の控え室》  時を同じくして柊先輩の控え室。  席に着く柊先輩を前に光輝先輩から連絡を受けた宇治先輩が、金森先生の不正を止めたことを説明したところだった。 「ーーということなので、不正は起きません」 「ありがとうございます。……よかった」  柊先輩はつぶやき、ホッと胸をなでおろす。  か、可愛い……。  今までの柊先輩とは大違いだ。  これまで、トゲトゲしていた印象の理由は先ほど演説で、本人の口から赤裸々に語られた。  もうそうやって、自分を強く飾る必要もなくなったのだろう。  柊先輩は可愛らしい笑顔を浮かべ、懐から演説原稿を取り出す。 「でも、こんなサービスまでしてくれるのね、校閲部さんは」  選挙が始まる直前。  宇治先輩が渡した柊先輩の演説原稿の端には一言、「落ち着いて」とメモが書かれていた。  校閲部として、柊先輩に余計な心配と、不安を与えないように優斗くんの企みについて伝えないことにした。  だけど、優斗くんには自分の演説原稿と同様に柊先輩の原稿演説にも校閲部からのメモが書かれていると思わせるために、あえて優斗くんの目の前で演説原稿を入れ替えたのだ。 「でも、黙っていればそのまま生徒会長になれたのに」  宇治先輩は朗らかな顔でそう言うと、柊先輩は小さく笑った。   「そんなの意味がないでしょう。演説でもいったけど、私はお父さんの娘としてじゃなくて、自分として、自分の力だけで生徒会長になりたかった」  話しながらうつむくと柊先輩は少しして「ううん」と声を漏らし、首を横に振る。 「正直にいうと、生徒会長になろうと思ったのもお父さんに認めてもらいたかったからだと思う。  でも結局、お父さんは私のこと信じていないの。  先生に不正を働かせるなんて……」 「お父さんがそう言ったんですか?」 「家で口聞いてないから知らないけど、そうに決まってる」 「そんなことないですよ」  私がそう言うと、目の前の柊先輩は以前のように少しだけムッとした表情を浮かべる。  あ、やばい……。  変な空気になっちゃった……。 「……なんで、そう言い切れるの?」 「え、えっと……。聞いてきたので」 「聞いてきた? 何を? 誰に?」 「娘のことどう思ってんのって。教育長に」 「お父さんに?」 「教育長に?!」    二人の声がぴったりと重なった。  私は慌てて「説明しますね」と言って姿勢を正す。 「柊先輩の演説原稿を読んで、私はある違和感を覚えました。  それは『私には自信がありません』と言う箇所と『自分の実力を認めてもらいたい』と言う文言です。  どうして柊さんは自信がないのか。  誰に自分の実力を認めてもらいたいのか。  だって、周囲の人間は柊先輩のことを教育長の娘としての目線以外にも、品行方正で優秀だと生徒も先生も十分に認めていたはずです」  私も、私以外の生徒のみんなも、優斗くんだって最初はそうだったはずだ。 「だったら、周囲の人間ではない、特定の誰かに認められたいと思っているんじゃないか。  その人に認めてもらえれば、柊さんの自信は手に入るのではないか、と考えました」 「だから、お父さんのところに行ったの?」 「まず認められたいのは、実の親だったりするのかなって」  そう言って、私は宇治先輩をちらりと見る。  宇治先輩の、お父さんに自分の夢を、自分自身を信じて欲しいと思っている気持ちを聞いて、私はそう考えたのだ。 「だから昨日、市役所の教育課に行ってきました」  私は単身、県の教育委員会に乗り込み、柊先輩のお父さんである柊教育長に生徒会長選挙で不正を働こうとしているのか直接問いただした。  だけど、柊教育長は何も指示を出しておらず、今回の不正は金森先生が柊教育長にゴマをすろうと個人的に行っていたことが判明した。 「柊さんのお父さん、言ってました。そんなことをしなくても私は娘を信じてるって」 「パパが、私を信じてる……?」 「いやいやちょっとちょっと……!?」  驚く柊先輩を前に宇治先輩はハンカチで汗を懸命に拭う。 「一生徒が教育委員会に乗り込んで、しかも教育委員長に直接会うって、もしかして大変なことしたんじゃない?」 「確かに大変でしたね。  受付行っても通してもらえなくて、駐車場で待ち伏せしてたら警備員さんに見つかって追いかけ回されたり……」  昨日のことなのに、なぜだか遠い昔の出来事のように懐かしい。  きっと、柊教育長に会えたこと。  そして柊教育長から聞きたかった言葉を聞けた達成感のおかげかな!  なんて爽やかに微笑んでいると、宇治先輩ははあわあわと指先をせわしなく動かす。 「やばいよ。冬木くんに知られたらめちゃくちゃ怒られる……」  ぐっ……。    頭の中で何種類もの罵倒を浴びせてくる冬木先輩のシーンが再生される。  予想可能回避不可能ってやつだ。  だけど。 「正しくないことをしたって自覚はありますけど悪いことをしたとは思いません。  だって、柊さんがこのままの気持ちでずっといる方が正しくないって思うから」 「どうしてそこまで……」  柊先輩は眉根を寄せて聞いてくる。  確かに、どうしてと問われれば、どうしてなのだろう。  私は腕を組んで考える。    私は、  宇治先輩のように人の気持ちを考え、  光輝先輩のように違和感を感じるアンテナを張り、  そして、冬木先輩のように自分の中の正しさを追求しただけだ。  それってつまり。 「それが、正しさを大切にする、校閲部の仕事ですから」  …………。  あれ? なんで二人とも黙っちゃうの?!   もしかして私、なんかものすごく恥ずかしいこと言っちゃった?!  なんだか急に恥ずかしくなって、私はこめかみをぽりぽりと掻く。 「いやあのえっと、私自身、まだあんまり正しさってのがわかってないんですけど」  えへへ、と苦笑いを浮かべ、最も言いたかったことを最後に伝える。 「でも、お父さんとちゃんと話してみてください。  じゃないと、わからないことってあるだろうから」  柊先輩は観念した様子で、うん、と頷いた。  まるで大きな荷物を降ろしたような晴れ晴れとした表情だ。 「わかった、そうする」  チャイムがなり、スピーカーから実行委員の声が響く。 「集計が終了しました。立候補者の方は体育館へ集合してください」
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