11話 次期生徒会長、決定!

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11話 次期生徒会長、決定!

 控え室を出て廊下を進むと、反対側から柊さんが歩いてくる。  ぼくは柊霧子から顔を逸らし、ずんずんと体育館へ向かう。  体育館へ一歩踏み入ると、じわっとした熱気が体を包む。  床に座る生徒たちの視線を背中に感じながら、ぼくはステージへ続く階段に足を置く。  一歩、また一歩。  足を進めるたびに、後悔や情けなさで胸が苦しくなる。  そんなぼくを置いて、柊霧子はすんなりとステージへ上がり、自分の席に腰掛ける。  柊霧子、……いや、柊さん。  ぼくはあの後、柊さんが金森先生から不正を勧められ、どうすればいいのか、と苦しんでいたと桐谷から聞いた。  だったら、不正を理由に柊さんに嘘の罪を被せて失墜させようとしていたぼくは、一体なんだったんだ。  ぼくは、ぼくなりに正しいことをしているつもりだったのに。  ぼくは、どこで間違ってしまったんだ……。  席に座り、柊さんの顔を見ると、視線があいそうになってぼくはとっさに顔をそらす。  もう柊さんの、いや、誰の顔も見られなかった。  見たくなかった。  目がじんわりと濡れてきて、ぼくはうつむき自分の膝をじっと見つめる。  ごめんなさい……。  心の中でそう呟くのと同時に、生徒会選挙実行委員の女子生徒がマイクの電源を入れる。  ブゥン、と低い電子音が短く響く。 「ただいまより、集計の結果を発表します」  体育館はしんと静まりかえる。  みんなの呼吸の音も聞こえなくなると、マイクを握った女子生徒の息を吸う音だけがかすかに聞こえた。 「小野優斗さんの票数、452票。  柊霧子さんの票数、377票」  一瞬にして、生徒たちがざわめく。  それはまるで砂浜に波がぶつかるように。 「よって、次期生徒会長は小野優斗さんに決まりました!」  実行委員の生徒が告げると、さっきまでの静けさが嘘のように割れんばかりの拍手が巻き起こる。 「嘘だろ……」  生徒たちは次々と立ち上がり、割れんばかりの拍手をぼくへと送る。 「おめでとうー!!」 「やったなー!」  ぼくは生徒たちを見渡し、そっと柊さんの方へ顔を向ける。  柊さんはすくりと立ち上がり、こちらに近づいてくる。 「おめでとう」  柊さんは握手を求めて手を差し出す。  ぼくはとっさに立ち上がるが、手はズボンを握って離れない。  こんなぼくが、柊さんの手を握っていいはずがない。  こんなぼくが、生徒会長になっていいはずがない。 「柊さん、ぼく……」 「小野くん」    ぼくの言葉を遮り、柊さんはぼくの右手を掴み上げ、力強く握る。 「小野くんはこの学校で誰よりも生徒会長にふさわしい人だよ。近くで見てきた私が言うんだから間違いない。  たまに暴走しがちだけど」 「……え?」  柊さんはいたずらっぽく笑う。  こんな柊さん、初めてだ。 「それでは、次期生徒会長の小野優斗さん、一言お願いいたします」  実行委員がアナウンスすると、自然と拍手が止んだ。  生徒がみんな、期待を含んだ眼差しでぼくを見ている。 「みんなも小野くんが生徒会長にふさわしいと思ってる。  だから、選ばれた者としての責任を果たしなさい」  柊さんはこれまでに学校の誰にも見せたことがない朗らかな表情から、最後はこれまで通りの柊霧子として凛とした声でぼくの背中を押す。    ぼくは押された勢いのまま、マイクの前に立つ。  マイクの前に立った優斗くんはおずおずと頭を下げると、静かに話し始めた。 「この度、次期生徒会長になります、二年三組、小野優斗です。……えっと」  それから、優斗くんは語った。  投票をしてくれた生徒への感謝を。  選挙で争った柊先輩と、今後は力を合わせて生徒会活動をしていく未来を。  そして、生徒会長して生徒会活動に邁進することを約束した。  だけど、優斗くんの言葉は半分くらいしか理解できなかった。  優斗くんは、顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いていたからだ。  マイクに鼻をすする音が入るし、つまるし、噛むし、慣用句の誤用もするし、で散々なスピーチだった。  どうせなら、当選した時用にあいさつの原稿も作って、校閲部に校閲してもらえば良かったのに。  だけど、それでも両目から溢れる涙をぬぐいながら、嗚咽しながら、熱心に自分の想いを語る優斗くんの姿勢に、私を始め、生徒のみんなは魅入っていた。 「ほ、ほんどうに……、グズっ……あ、あ、ありがどうごだいばしたっ……!!」  最後に深々と一礼する優斗くんに対し、再び拍手の雨が降り注ぐ。  涙を流す優斗くんを見て、私は小学校時代を思い出していた。  確かに優斗くんは誰よりもリーダーシップを発揮し、みんなをまとめる良いお兄ちゃんだった。  だけどみんな小学生で、まだまだ子どもだった。  登下校の集団下校などに班員の生徒が優斗くんのいうことを聞かずに遊んでいると優斗くんは「言うこと聞いてよ!」と怒って、最後には「なんでいうこと聞いてくれないの?!」とよく泣いていた。  優斗くんは昔から変わってなんかいなかった。  柊さんのように完璧ではないかもしれないけれど、何事にも一生懸命で、ちょっぴり不器用で、とっても素直で優しいお兄ちゃんのままだ。  私は誰よりも大きく、手を叩いて次期生徒会長になる優斗くんにエールを送った。 「優斗くんっ! おめでとうー!」  全校生徒の拍手が空気を震わせ、体育館の外にも伝わってくる。 「良かったな、小野のやつ。念願の生徒会長になれて」 「まぁ、柊のおかげだけどな」 「またそんな意地悪言って。確かに、柊が金森からの不正の誘いを断ったから勝てたんだけども」 「違う」 「え?」 「みんな、もともとこの生徒会長選挙自体に関心がなかった。けれど、柊の演説が、みんなの関心を呼んだんだ」 『みんなで一緒に、清開中学を良くしていきたい。  そのために、協力してほしい』  柊は自身の選挙演説でそう伝えた。  柊は親のコネを抜きにしても、優秀な生徒だ。  だけど、社会は優秀な誰かに任せるものじゃない。  その社会に生きる一人一人が、より良い社会を目指し、叶える努力をするものだ、とみんなが認める柊は語った。  だから生徒一人一人が、考えて、投票した。    小野と柊。  どちらに投票すれば、自分は学校生活をよりよく過ごせるか。  自分たち生徒の代表としてふさわしいのはどちらか。  その結果、小野が選ばれた。  結果だけ見れば柊の演説は、自分を当選させるべき選挙演説としては間違っていたのかもしれない。  だが。  選挙とは、その社会に生きる人の意思表明であり、自分がここに生きているという存在証明だ。  小野に投票した生徒。  柊に投票した生徒。  どちらの生徒もきちんと、選挙に参加した。  柊の演説が、選挙自体を正しい方向に導いたのだ。 「そうだな」  冬木は段差を飛び降り、渡り廊下を歩き出す。 「どこ行くんだよ」 「保健室に戻る」  冬木のスリッパがパタパタとコンクリートの地面を蹴る。 「教室、もどんねぇの?」  冬木は立ち止まり、振り返る。 「あそこに俺の居場所はないよ」  そう言って冬木は寂しそうに微笑む。  俺はかける言葉が見つからなかった。  だけど何かを言わないと冬木がまた一人になって、どんどんと遠くへ行ってしまう気がして。  気がついた時には俺の手が届かないところにまで行ってしまいそうで、俺は慌てて呼び止める。 「なぁ冬木」  俺も段差を飛び越えて、体育館と渡り廊下の境界に立つ。 「どうして、メモに小野の企みを全部書かなかったんだ? あんな曖昧なメモ、ワンチャン小野が喋ってもおかしくなかっただろ」  メモには『柊の秘密を明かした場合、柊はお前の秘密を明かすだろう。どうするかはお前次第だ』 としか書かなかった。 「小野には自分で、正しい選択をして欲しかったんだ」 「もし、あのまま小野が暴露していたら?」 「暴露する前に、俺がこの選挙自体を壊してた」 「壊すって、どうやって?」 「そうだな。火災報知器を鳴らすとか、窓ガラスを割りまくるとか」 「裸で体育館を走り回るとか?」 「それもいいな」 「いいわけあるかよ。黒歴史確定じゃん」 「俺にはそれぐらいしかできないからな」。  今は誰もいない校舎へ続く渡り廊下の真ん中に立つ冬木。  渡り廊下と全校生徒がいる体育館の境界に立つ俺。 「今日も部室、来るだろ?」 「喫茶・朝日館。もしくは宇治先輩の家だ。部室じゃない」  冬木はいつも通り、ぴしゃりと容赦無く言い切ると口元を緩ませる。 「行くよ」 「おう! また後でな!」  冬木は学校に自分の居場所はないと思っている。  だけど校閲部は、自分の居場所だと思ってくれている。  それだけでも、家から一歩も出ずに誰とも口をきかなかった一時期を考えれば奇跡のような話だ。  だけど、俺はさらに欲張ってしまう。  あの頃のように一緒に学校新聞を作れたら。    冬木が自分を許せるまで、俺は待つ。  だけど。  いつか学校にも、自分の居場所だと思える場所ができればいいな。 「以上で、生徒会長選挙を終わります。一年生から順に、教室に戻ってください」  終わった〜〜!  選挙が無事終わり、ほっと胸をなでおろすと肩をポンと叩かれる。  振り返ると、クラスの友達が数人、キラキラと目を輝かせながら私を見つめていた。  この目、どっかで見たような……。 「ねぇ、さっき聞いたよ」 「な、なにが?」 「優斗くーん、おめでとーって! なに? もしかして小野先輩のこと好きなの?」  しまった……!  さっきは勢いで昔のような呼び方をしちゃってた。  私が優斗くんを小野先輩と呼ぶようにしていたのは、もちろん中学生になり先輩と後輩という関係性になったからだが、理由はもう一つあった。    それは、こんな風に勘違いされないためだ。 「違うって!」 「本当に〜〜??」  これは何をいっても信じてもらえそうにないな、と思ったその時、私と友達たちの間に優花が割って入ってきた。 「本当だよ。香は小野先輩のこと、好きじゃないよ」 「優花……」 「サイコーちゃんにはもうお付き合いしてる彼氏がいるもんね〜〜?」  そうだった。  私にキラキラした目を向けてきたのは、優花だったことを思い出した。  優花の言葉を皮切りに、友達たちはより一層声のトーンが上がる。  私がいうのもなんだけど、女子中学生って恋バナ好きすぎじゃない?! 「サイコーちゃんって彼氏からのあだ名? 超いいじゃん!」 「優花は見たの? どんな人だった?」 「かっこよかったよ。まぁ私はもっと柔らかい雰囲気の人が好きだけど」 「優花の好みは聞いてないって」  優花を始め、友達たちが私そっちのけで騒いでいると人混みの中から私を呼ぶ声がした。 「サイコーちゃん!」 「宇治先輩?」  じっと人混みを見ていると、人の隙間をなんとかこじ開けながら宇治先輩がこちらに来ているのが見えた。 「サイコーちゃんって、あの人が香の彼氏?」 「香、ああいう人がタイプだったんだ」 「かっこいい……」  宇治先輩を見て、友達たちが意外そうな反応をする中、優花の目がハートになっていた。  優花、宇治先輩みたいな人がタイプなんだ。 「ごめん、何か話してた?」 「気にしないでください。ロクでもない話なんで。何かようですか?」 「サイコーちゃん。ちょっとお願い事があるんだけど」  宇治先輩はうん、とうなずきお腹をさする。 「お願い?」
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