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2話 ジャラジャラと思いついて、つい……。
私は頭にはてなマークを浮かべて、首をかしげる。
「こうえつぶって、なんな……」
「うーん、俺の勘では……入部希望者だな!」
私の言葉を無視してそう言い切ると制服を着た短髪の男子はニカッと笑う。
「…………」
短髪男子の隣に座る灰色のパーカーを着た色白の男子は私をちらりと見て、すぐにまた紙面に向かって赤ペンを走らせる。
なんだこの人たち……。
でも、校閲『部』ってことは部活動ってことだよね? もしかして私、勧誘されてる?
「それで、きみはなにをしに来たの?」
太った男子生徒は改めて優しい口調で問いかけてくる。
「えっと、私は……」
なにをしにって、ただコーヒーを飲みに来ただけなんですけど……。
そう言えばいいのに、三人の視線(色白男子は見てないけど)にテンパってしまい、さっきまで脳内に浮かんでいた考え事がそのまま口から出てしまう。
「……えっと私、部活に入ろうと思って、でも入りたい部活がなくて。でもなにかしたい気がして。いや、違うかも、何かしないといけない気がして。それが正しいっていうか。でも自分が正しいことがわからなくて。それで……」
口を動かしながら自分が意味不明なことを言っているという自覚はあったが止められなかった。
言いたいことを言い終わると押し黙る三人と目があった。(色白男子も私を見ていた。引いた目で)
や、やってしまった……!
私はとっさに顔を下げる。
「これからなにを言われるのか」と顔が青ざめたり、「私はなにを言ってるんだ」と恥ずかしさで顔を赤らめたりと首から上が忙しい。
とにかくここから逃げ出したい!
顔を上げると、ニヤリと口角を上げた短髪の男子と目があった。
「ほら見ろ入部希望者だ。俺の勘は当たるんだ!」
……は?
「いや、私は」
「入部希望だなんて一言も言ってないだろ。それに俺たちは部活じゃない」
「いやでも入りたいって言ってたじゃん」
「言ってないだろ。曲解するな」
「キョッカイってなんだよ! わざと難しい言葉使うな!」
騒がしい短髪男子と、冷静な色白男子のやりとりを見て私は首をかしげる。
「あの、ちょっと」
「「なに??」」
二人の声が少しのズレもなく重なる。見事なシンクロだ。
って、そんなのはどうでもよくて!
「みなさんって、部活、じゃないんですか……?」
恐る恐る聞くと、短髪の男子も色白の男子もあっさりと首を縦に振る。
えぇ、部活じゃないの? でも校閲『部』って。
「実はそうなんだ」
太った男子は照れ笑いを浮かべ、頭を掻く。
「僕はもともと文芸部でそっちの二人は新聞部。だけどまぁ色々あって校閲部をやってるんだ」
「……その、校閲部ってなんですか?」
太った男子はそうだよね、と小さく頷き、机の上に置かれた紙を見せてくれた。
紙には小説のような文章が書かれており、所々文字が赤ペンで二重線を引かれたり、文字をまるで囲み、『トル』と書かれていたり、はたまた鉛筆で書かれた小さなメモがあちこちに書かれている。
なに、これ……。テストの回答用紙みたい。
ごちゃごちゃとして情報量が多い紙面に見入っていると、太った男子はゴホン、と喉を鳴らす。
「校閲部というのは、誤字脱字のチェックをしたり、書面の内容が正しいかどうかを確認したり、時には取材したりもする、出版社に実在する仕事なんだ」
「仕事……? でも部って」
「一般企業にも部はあるよ。営業部、宣伝部、企画開発部。そして校閲部。部は部活動の部、じゃなくて、部署の部だね」
「なるほど」
太った男子は優しく頷き、説明を続ける。
「最初は新聞部が発行する学校新聞と文芸部の部員が書く創作小説の校閲をしていたのだけど、そのうち保健だよりとか学習発表の原稿、あとは校長先生の挨拶とか、とにかく依頼があればなんでも校閲するようになったんだ」
「校長先生の挨拶って……あ!?」
私は少し前の全校集会を思い出す。
月に一度行われる全校集会の場において校長先生の挨拶がされる。
優しくて、笑顔が素敵なおじいちゃん校長先生のことは嫌いじゃない。
だけど、校長先生の挨拶はだらだらと長く、脱線に次ぐ脱線で結局何が言いたいのかわからないことが多かった。
だからみんな途中から校長先生の話を全く聞かなくなってしまい、私語や居眠りが多発していた。(実は私も優花たちとコソコソ話していた)
だけど前回の全校集会の時、校長先生の挨拶は要点がまとめられ、簡潔でいてわかりやすく、みんなも耳を傾けていた。
それが、校閲部のおかげってこと?
それって、もしかしてすごいことじゃない?!
「と言っても本当の部活としては認められてはないんだけどね」
認められていない、ってことは。
私はふと、先ほど廊下で見た裏学校新聞を思い出す。
「非公式で非公認で期間限定な部活ってやっぱり校閲部のことで……」
「非公式と非公認は同じ意味、そもそも期間も限定されてない。どれもタイトルとして正しくない」
私の言葉にかぶせるように訂正し、舌打ちをする色白男子を見て、短髪男子は「こっわ」とわざとらしく呟いた。
私も心の中で短髪男子と同じように呟いた。
なにこいつ……、感じ悪すぎ。
「いらっしゃい」
ジャラジャラと木製の珠のれんを押して奥の厨房から大柄なおじさんが出てきた。
エプロンが似合う、町のパン屋さんみたいな見た目だ。
「おお! 満が女の子を呼ぶなんて、ちょっと待ってな。今なんか甘いもの持ってきてやるからな。女の子は甘いものが好きだからな」
豪快に笑いながら嬉しそうにおじさんは奥へと帰っていくと、太った男子はえぇっと、と気まずそうにこめかみを掻く。
「ここは僕の家で、さっきのは父さんなんだ。女の子は甘いものが好きとか決めつけて。悪気はないんだけど、ごめんね」
「大丈夫です、私甘いの好きなんで」
そっか、と申し訳なさそうに笑う太った男子(名前は満というらしい)を見て、似ているのは体型だけだなと思った。
カランカラン。
扉が開き、振り返ると清開中学の制服を着た男子生徒が入ってきた。というか。
「優斗く、……小野先輩?」
「香ちゃん?」
清開中学校の二年生で生徒会に所属する小野優斗くんは私と同じ小学校に通っていた。
優斗くんが卒業するまで私たちは集団下校の班が同じで、昔はよく一緒に遊んでいた。
中学に入ってからは小野先輩って呼ばないといけないのに、つい昔の癖で優斗くんって呼んでしまう。
「宇治先輩、お待たせしました」
「やぁ小野くん、待ってたよ」
あ、この満っていう人、優斗くんよりも先輩ってことは三年生なんだ。
って、そんなことはどうでもよくて!
宇治先輩が優斗くんを「待ってたよ」って?
もしかして。
「まさか、小野先輩も校閲部なんですか?」
優斗くんは目を丸くして、すぐにふふっと笑った。
「僕は校閲部に依頼をしにきたんだよ」
「依頼……?」
宇治先輩は私にも依頼人か入部希望者かと聞いてきた。つまり優斗くんは前者、依頼人というわけだ。
「香ちゃんこそ、もしかして校閲部に入部希望とか?」
「えっ……」
今度は私が目を丸くする番だった。
えっと、と言葉を濁しながら振り返るとテーブルに座る三人もじっと私を見ていた。
「私は……」
確かに、いっぱいメモが書かれた紙とか、校長先生の挨拶の校閲とかすごいと思ったし、ちょっとだけ興味はあるけど。だけど……。
私と宇治先輩たち。
視線と視線がぶつかる間を大きな体が横切る。
「お待たせ! 当店自慢のワッフルだよー!」
皿を持った宇治先輩のお父さんが珠のれんを押してやってくる。珠のれんが暴れ、ジャラジャラと音が鳴る。
その音を聞いた瞬間、ジャラジャラと鳴っていた優花のアクリルキーホルダーのことを思い出し、優花の言葉がとっさに頭によぎった。
『香も入ろうよ、楽しいよバレー。体験入部だけでもさっ』
「わ、私は、体験入部で……」
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