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8話 校閲部として、今の私にできること
「えー、一年の安達光輝です。よろしくお願いしまーす」
パラパラと弱々しい拍手が鳴り、隣の席の一年生が立ち上がりあいさつを始める。
反応悪っ!
まぁ、アウェーな感じはわかってたけどさ。
新聞部の部室に集まった入部希望者たちはみんな小柄だし、眼鏡だし、明らかに運動苦手そうな感じだ。
そんな生徒が多い中、俺は頭一つ抜けている。身長が。
それに生まれつきガタイがいいから、小柄なやつに怖がられるんだよなぁ。
絶対みんな、お前は運動部にいけよって思ってるんだろうなぁ。
だけど俺は、スポーツが大の苦手だ。
体を動かすこと自体は好きだけどルールを覚えるのは苦手だし、頭で考えずに体が先に動く俺みたいなタイプの人間はチームプレイが絶望的に向いていない。
だから、適当な部活に入ろうと思ったんだけど。
別に新聞部に入りたいってわけじゃないし、他の部活にしようかな。
ちらりと横を見ると、同じ新入部員の生徒はすぐに顔をそらす。
ほらな。俺の勘は当たるんだ。
そんなことを考えていると、向かいの席に座る小柄な色白の男子が立ち上がる。
「桐谷冬木です」
色白男子はちいさく頭をさげるとすぐに席に着いた。
は? それだけ?
他のやつらもざわついているのに、色白男子は気にしていない様子だ。
「え、えっと、じゃあまずはコンビを作ってもらいます」
「コンビ?」
みんなの反応がわかっていたように、新聞部の部長は説明を始める。
新聞部では毎年、一年生は二人一組のコンビを作り、毎週決まった曜日にコピー用紙一枚分の小さな新聞を発行し、掲示板に張り出す。
その後、夏休みを境に前期と後期にコンビは組み替えられる。
一年間の新聞づくりを経て、二年生になったらみんなで協力して月に一度、各クラスに配る正式な学校新聞を発行する、という決まりだ。
「今年の入部希望者はちょうど十人だね。ということは掲示板には毎日違う学校新聞を貼れるね。よかったー」
部長は呑気そうだが、俺は目の前でコンビが次々と出来上がっていく流れに乗り遅れていた。
気がつけばコンビを組んでいないのは俺と、小柄な色白男子だけだった。
「じゃあ、一緒にやる?」
「……よろしく」
こうして俺と冬木はコンビを組んだ。
俺たちは毎週水曜日に新聞を発行した。
俺が取材をして、冬木が文章を書いて。
俺たちが手がける新聞はそれなりに人気だった。
それから後期になり、コンビを解消。俺は同級生の男子と、冬木は伽耶響とコンビを組んだ。
秋の冷たい風が首筋をくすぐる放課後の帰り道。
「そういえばさ、なんで伽耶と組んだの?」
半年間同じ部活動に所属していたが伽耶の印象はよくわからない、といった感じだった。
だから冬木が伽耶とコンビを組むのは意外だった。
「伽耶は人が興味を抱くことを嗅ぎ分ける嗅覚を持っている。俺はあまり人の気持ちがわからないから、伽耶となら、より良い新聞が作れると思ってな」
マフラーに半分顔を埋めた冬木はまっすぐと前を見つめてそう言った。
こいつ、本当に新聞づくりが好きなんだな。
だけど、半年コンビを組んでいた元相方を前に、そう簡単に現相方を褒められるといい気分はしないな。
「へーそうですかー良かったですねー」
「なんでお前が不機嫌になるんだよ」
「この鈍感男め!」
俺はふざけて冬木の肩めがけてパンチを繰り出す。
しかし、冬木に拳を掴まれる。
冬木は俺の拳を握ったまま、ふっと笑う。
「二年生になって、またお前と一緒に新聞を作るのが楽しみだな」
ええっ!?
あのツンツンしていて、無愛想で、ぶっきらぼうで、人相が悪くて、人の気持ちがわからなくて、嫌味ったらしくて、どうしようもないでおなじみの桐谷冬木が……デレた?
冬木は俺の拳を離すが、俺はすぐに冬木の手を掴んでブンブンと振り回す。
ガタイのいい俺に振り回され、冬木は人形のように揺れているが、俺はやめなかった。
「冬木ちゃん!! やればできるじゃん!」
「なんの話だ?! 離せ!!」
それから、正確かつわかりやすい文章を書く冬木とみんなの興味をひく題材を集めるのが得意な伽耶が作る新聞は(認めたくはないけど)俺と組んだ前期以上の人気を得ていった。
「いやでも俺たちが作った新聞も結構人気が……」
「そこはどうでもいいですから、早く続きを聞かせてください」
「あ、はい……」
(サイコーちゃん、最近俺の扱い、雑になってきたな……)
ある時、冬木と伽耶の元に女子生徒Aによる告発が届いた。
「私は、クラスメイトのBにいじめられています。
だけど陰湿ないじめで先生は気づいてくれないし、言ったことがバレたらどんな仕返しが来るかわかりません。
だから学校新聞でこのいじめの犯人がBであることを拡散してほしいです」
Aからの告発を受け、冬木と伽耶は正義感を燃やした。
「みんなに正しいことを伝えよう。そうして、間違った行為に悲しんでいる人を救う。それが新聞の、あるべき姿だ」
Aの証言をもとに、いじめの主犯であるBについて学校新聞にて報じた。
また、当時の新聞部の先輩たちを説得し、掲示板に貼るだけでなく、各クラスに配布する学校新聞の一面にも載せた。
学校新聞は未だかつてないほどの注目を浴び、B は学校中から非難の嵐にあった。
しかし、新聞が発行され、晴れ晴れとした表情を浮かべるAに対し俺は違和感を抱いた。
だから、冬木に相談したんだ。
「冬木、なんか怪しくないか?」
「怪しいぃ? なにがぁ?」
冬木が俺の方へ体を向けようとすると、冬木と俺の間に伽耶響が割って入ってきた。
伽耶は見上げるようにして、俺を睨む。
「安達くん、これは私たちの記事なんだから口を出さないでほしいなぁ」
「でも、違和感が……」
「じゃあ、なにが、どこが、誰が、いつ、どのように、どうやってぇ。
安達くんが違和感を持ったのか説明してくれるかいぃ?」
「それは……」
「説明できないなら、関わらないでくれよぉ」
くっくっく、と喉を鳴らし、冬木の背中を押して去っていった。
だけど、去り際の冬木の目を見て、俺は確信した。
これは、取材をしなければならない。
その後、俺と冬木はAのことを詳しく取材をしていくと、Aが受けていたという『いじめ』は全くもって存在しないということが発覚した。
「どういうことだ! いじめは本当になかったじゃないか!」
冬木が問い詰めるとAはあっさりと嘘を認めた。
嘘のいじめ告発はAが好きだった男子と付き合い始めたB に対し、恨みを持った A による報復だった。
「そんな、こと……」
人の気持ちがわからない冬木は知らなかった。
人は、恨みのためならどんなに愚かなことでもできるということを。
「これは大変なことになっちゃったねぇ」
Aのいじめ告発が嘘だと伝えると、伽耶は少しだけ目を見開いたが、ひょうひょうとした様子は変わらなかった。
「伽耶。お前まさか、知っていたのか?」
「知っていたらなんだっていうんだよぉ」
「伽耶ぁ!!」
「やめろ冬木!」
「なぜだ?! 正しいことを伝える、悲しんでいる人を救う、それが新聞のあるべき姿じゃなかったのか!?」
冬木を抑えていると、伽耶はくっくっく、と笑う。
「冬木くん、きみは本当に人の気持ちがわからないんだね」
その後、冬木はすぐにいじめは A による嘘だったと学校新聞で報じた。
すると、嘘がバレて、居場所も信頼も失ったAは転校したが、いわれのない誹謗中傷を受け、心に傷を負ったBは、今も学校に登校できていない。
結局、冬木と伽耶が作った学校新聞は誰も救う事はできなかった。
「その一件以来、冬木は学校に来なくなった。
他人を傷つけた俺がのんきに学校に行くなんて、正しくないって」
「そんな……」
「じゃあせめて、校正だけでも手伝えって、お前も新聞部の役に立てって俺が冬木の家に新聞の原稿を送ってたんだ」
周りの奴らからは「ほっとけ」とか「そっとしておいてやれ」と言われたが俺は聞く耳を持たなかった。
だけど俺は、それを『正しい』とは思えなかった。
また元気になったら学校に戻ってくる、って。
じゃあ元気にならなかったら、いつまでも冬木は学校に戻ってこないじゃないか。
だったら、冬木が元気になるためになにかをしたかった。
俺は毎日、学校の印刷室で新聞の原稿を刷って冬木の家に持っていった。
その時、たまたま印刷室で印刷していた文芸部の創作小説が紛れてしまい、冬木はそれも校正してしまった。
これは、怒られるな……。
殴られる覚悟を決めて、赤字まみれの原稿を持って文芸部に返しに行くと、太った先輩が原稿を受け取り、わなわなと震えている。
「これ、きみの仕業……?」
「すみませんでしたっ!」
俺は勢いよく頭を下げた。
来るなら来い! 全ての拳を受け止めてやるっ!
「すごいよ!」
「……へ?」
それが、宇治先輩との初めての出会いだった。
冬木が校正した原稿は、宇治先輩がすでに一度校閲し終えた原稿だった。
にも関わらず、宇治先輩が見落としていたものから、知らなかったものまで、たくさんの訂正のペンが入って戻ってきた原稿を見て、宇治先輩は怒りよりも、冬木の校正の腕前にとても感動していた。
「こんなにも正確な校正、すごいよ! ぜひ、文芸部の校閲を手伝ってくれないかな?!」
「は、はいっ!」
俺は嬉しかった。
やっぱり、冬木はすごいやつだ。
あいつの力は、人を救えるんだっ!
それから俺は、冬木にいっぱい校正してほしいと思って、文芸部の小説から先生たちにも声をかけまくった。
そのうち、冬木と俺だけでは手が回らなくなってしまい、文芸部で校閲をしていた宇治先輩にも手伝ってもらうことが増えた。
それからいつしか、俺たちは校閲部として活動するようになっていった。
しかしあの一件以来、冬木は新聞づくりから離れ、「正しさ」に強くこだわるようになった。
反対に伽耶は、正しさよりも話題性を重視する、スキャンダラスな記事ばかりを扱うようになった。
今でも伽耶は誰ともコンビを組まず、一人で勝手に新聞を発行している。
「それが『裏学校新聞』だよ」
光輝先輩の話を聞いて、胸がざわついた。
今まで私は裏学校新聞を記事の内容の正しさは二の次に、面白おかしく読んで、友人同士で笑っていた。
きっと自分のような読者の存在が伽耶先輩をエスカレートさせていったのだろう。
それに冬木先輩が「正しさ」にこだわる理由は自らが過去に「正しくない」ことをしてしまったからだったなんて。
『俺たちは、正しくないといけないんだ』
『誰かを傷つける正しさなんて、正しさとは言えないんだよ』
これまで冬木先輩に言われてきた言葉を思い出すと、それは冬木先輩が冬木先輩自身に言っているようにも思える。
もしかして冬木先輩も本当は『正しさ』がなにか、わかっていないんじゃないのかな。
だけど無理やり、自分の中に正しさを作り上げて、その正しさに反しないように生きているんじゃないの?
だって、正しさを守るために学校に来ないなんて、間違ってる。
それに、正しさを口にするときの冬木先輩はいつも苦しそうだから。
目の前でともに間違った元相方、伽耶先輩が口を開くたびに冬木先輩の顔は怒りや後悔を浮かべ、苦虫を噛み潰したように歪んでいく。
冬木先輩……。
「冬木」
「……あぁ、わかってる」
光輝先輩の呼びかけに答えると冬木先輩は深く息を吐き、短く息を吸う。
するといつものように無愛想で冷静な冬木先輩の顔に戻った。
「校内にタバコの吸い殻が落ちていた。お前ならなにか知っているだろ」
「あぁ知ってるよぉ。でも、冬木もすでに知っているんじゃないのぉ?」
伽耶先輩の煽るような口調に対し、冬木先輩は冷静に応える。
「憶測の域を超えない。確固たる証拠が欲しい」
「タダってわけにはいかないなぁ」
「わかってる。取引だ」
❇︎
空き教室、もとい伽耶先輩専用の部室から出ると沈みかけの西日が廊下を真っ赤に染めていた。
「明日の選挙どうなるかねー」
「わからない。だが、校閲部としてできる限りの事はしよう」
冬木先輩の言葉を聞いて、私はぽつりと呟く。
「校閲部として……」
「ん? どしたのサイコーちゃん?」
私の頭には今まで見てきた様々な情景が浮かんでいた。
優斗くんの演説原稿と柊先輩の演説原稿。
日々の生徒会活動に取り組む二人の様子。
そして、冬木先輩とかや先輩の間で行われた取引を見て、私はいてもたってもいられなかった。
「私、ちょっと行ってきます!」
私は廊下を駆け抜ける。
私だって、校閲部なんだ! 体験入部だけど!
廊下の奥へと遠のくサイコーちゃんの後ろ姿を見送りながら冬木はふふ、と口元に笑みを浮かべた。
冬木の笑った顔、いつぶりだろうか。
「あいつ、やっぱりお前に似てるな」
「そう? 俺は冬木に似てると思うけどな」
「は? どこが?」
ふふん、と得意げに笑い、腕を組みながら俺は歩き出す。
「さぁ、どこかなー?」
「お前は本当にいい加減だな」
あきれた調子で冬木は俺の隣に並ぶ。
懐かしい。
一年生の頃は、こうして二人並んで、学校新聞の張り出しに行ってたっけ。
なぁ。そろそろ学校来いよ。
とは、言えない。
目の前で間違った冬木に、未だに自分を許せていない冬木に、俺はなにも言ってやれない。
だから俺は校閲部を続ける。
冬木はすごいんだって。
俺の相方は誰かに必要とされる力を持っているんだって、伝えるために。
それが俺なりの、正しいやり方だから。
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