6人が本棚に入れています
本棚に追加
1話 非公式・非公認・期間限定の部活とは?!
それは私にとって、まさに青天の霜靂だった。
「ええええっ!? 優花まで部活に入ったの?!」
「そうだよ。今日から私は、清開中学女子ソフトバレー部所属、大西優花だよっ☆」
ふふんと得意げな顔をするクラスメイトの大西優花は姿勢を下げ、手のひらを体の前で組んで見せる。
これはたぶん、レシーブの構えだ。
そんなぁ、嘘でしょ〜?!
夏休みまであと二週間というこの頃、帰宅部仲間だった友達が次々と部活動に所属している。
何もしないことに飽きた、とか。
怖い三年生が引退したから、とか。
理由は様々だったけど、中でもインドア派でオタクな優花だけはともに三年間、なんの部活にも所属せず、帰宅部として、貴重とされる青春時代を贅沢に無駄遣いしてくれると信じていたのに……。
私、彩田香はショックも戸惑いも隠すことができず、声どころか体まで震えてしまう。
「な、なんで……」
「推しが頑張ってるから、私も頑張んなきゃ、……ってね!」
「お、推し?」
私の問いかけが聞こえていない様子で、優花は明後日の方向を見つめている。
なにやってんだ?
すると、優花が肩にかける買ったばかりのエナメルバッグにはアクリルキーホルダーがたくさんついているのに気がついた。
優花が動くたびにキーホルダーたちはぶつかり合い、ジャラジャラと鳴っている。
よく見れば、それは少し前から優花がどっぷり沼に使っている青春バレー漫画のキャラクターたちだった。
なるほど、優花が急にバレー部に入ったのはこれが理由か。
「香も入ろうよ、楽しいよバレー。体験入部だけでもさっ」
今度は空想上のボールを両手で軽く上へ押し上げるトスのパントマイムをする優花。
「うーん、私は……」
ふんっ! と優花は力強く腕を振り下ろし、アタック。宙にゆらゆらと浮いていた私の言葉ごと叩き落としてしまった。
「やっぱり身体動かして、汗流して、これぞ『正しい青春』のあり方って感じだねっ☆」
優花は白い歯を見せて笑うと加工アプリのようにキラキラと輝くエフェクトが見えた。
ま、眩しいっ……。
「この裏切り者め!」
私の苦し紛れの恨み節を笑い飛ばし、優花はじゃあね、とジャラジャラとキーホルダーを鳴らしながら教室を出て行った。
他の生徒たちもみんな、部活動へと走っていく。
気づけば教室は私だけになっていた。
一人だけの教室に、放課後の開始を告げるチャイムが寂しく鳴り響く。
「正しい青春のあり方、ね……」
優花に言われた言葉が胸の奥で引っかかり、私はすぐに帰る気になれなかった。
やっぱり、なにか部活に入るべきなのかな。
私はあてもなく、とぼとぼと学校内を歩き回る。
廊下の窓から、グラウンドが見えた。
グラウンドではボールを投げ合う野球部やグラウンドの周囲をハイスピードで走る陸上部など、運動系の部活動がたくさん活動している。
運動部って、ザ・青春って感じだよね。
大会とか目指して、仲間と一緒に努力して、みたいな。
すると、どこか遠くから楽器の音色が聞こえてくる。
各学年の教室があるクラス棟から渡り廊下を渡り、特別教室棟へ。
音の発生源である音楽室を覗くと、指揮者の先生に向かって、扇状にたくさんの生徒が並んでいる。
指揮者の先生が指揮棒を振り、演奏が始まる。
綺麗で心落ち着くものから、踊りだしたくなる陽気なものまで。
音楽っていいな。聞くだけでも楽しいのに、自分で音を奏でるってどんな気持ちだろう。
他にも、スポイトで水滴を垂らし、液体の変化を観察している化学部がいる理科室。
胸像を睨みながらスケッチブックに線を引く美術部がいる図工室などなど。
特別教室棟で活動する文化系の部活動を見て回った。
んー。どれも楽しそうではあるんだけどなぁ。
だけどなぁ〜。
結局、入りたい部活を見つけられず、諦めて昇降口へと向かう途中、掲示板が目に入り足が止まった。
「ん? なんだこれ」
保健だより、PTA会報……。
様々な掲示物の中で一際目立つ黄色くて、大きな文字を私は目で追うと無意識に口に出た。
「非公式・非公認・期間限定の部活の正体とは……?」
それは新聞部が毎日発行している学校新聞だった。
普段はもっと真面目で、言ってしまえば面白みのない学校新聞だけど、たまにこういう、ゴシップ紙みたいにド派手な色使いとタイトル詐欺まがいの文言で埋め尽くされた新聞、通称『裏学校新聞』が発行され、その度に校内をざわつかせていた。
それにしても、なんだろうこの部活?
「もしかして、私が熱中できる部活かも……」
私は期待を込めて、裏学校新聞の記事の内容を読みこむ。
どれどれ……非公式・非公認・期間限定の部活、それは校内に部室はなく、男子生徒三名が所属している部活である。
…………。
え、それだけ?
活動内容は? っていうか名前は?!
裏学校新聞のどこを見ても、それらしい情報は何もなかった。
やっぱり怪しすぎ……。ほぼ都市伝説じゃん。
私は呆れながら振り返ると、心なしか廊下がさっきよりも薄暗く感じた。
あれ……、この廊下、こんなに不気味だったっけ?
人の気配のない廊下に一人、すると冷たい風が首筋にあたる。
「ぎゃあ!」
振り向きざま、廊下の窓が少しだけ開いていたのに気がついたが、それでも私は慌てて学校を飛び出した。
✳︎
活気のない地元の商店街を歩く中学生はどれだけ見回しても私しかいなかった。
放課後はみんな部活動をしているし、部活に所属してない人でも隣町にできたばかりの大型ショッピングモールに行ってフードコートで駄弁っている。
つい最近まで私自身もそうだった。
つまり、なんの予定もなく一人、暇を持て余す残念な人間は私だけ、ということだ。
なんで私ってこんなにも、無気力なんだろ。
自分自身、この無気力さがコンプレックスだった。
優花みたいにアニメに夢中になったり、自分のやりたいことに熱中できる人が羨ましい。
そのことを相談すると親も友達もみんな決まって、まだ出会ってないだけだよ、と言ってくる。
けど、本当にそうなのかな。
この世に私が情熱を注げるものなんてあるのかな。
探そうにも、そもそもそれがなんなのか自分でもわかっていないから探せない。
でも、何もしないって罪悪感。
だって『正しい青春』を送れていない私って、正しくないってことでしょ。
だから、なにかに熱中してみたい。
だけど、それが何かわからない。
堂々巡り。無限ループ。……というか言い訳?
はぁ〜〜〜。
一人の下校は余計なことを考えちゃう。だから誰かと一緒に帰りたいのに。
気がつけば今日何度目かの、長く深いため息をついていた。
半分抜けかけた魂を鼻から一気に吸い込むと独特な苦味と甘みの混じった匂いも一緒に体の中に入ってきた。
む? これは、コーヒーの匂い?
私は鼻をつんと上に向け、香ばしい匂いの元をたどる。
いつもの通学路を外れた先、角を何度か曲がると一軒のログハウスが出てきた。
シルバニアファミリーのような明かりの灯る可愛らしい見た目だが、入り口の扉の横には、古そうな木造の看板に渋い筆文字で「喫茶・朝日館」と彫られている。
喉も渇いたし、ちょうどいいや。
扉を押し開くと吊るされたベルがカランカランと乾いた音を鳴らす。
クーラーが効いていて涼しい〜。
だけど木製のテーブルや椅子から自然の温かみを感じる。
テーブルが三つにカウンター席が少し。
小さな天窓はステンドガラスになっており、差し込む陽に色鮮やかに輝いている。
「喫茶・朝日館」超いい感じじゃん! 俗にいう穴場スポットってやつでしょ!
ウキウキ気分であたりを見回しながら奥へ進むとテーブル席に座る私と同じ、清開中学の男子生徒が三人ほど座っていた。
そのうち二人は制服を着ているけど、一人は灰色のパーカー姿だ。
おそらく一度家に帰って私服に着替えたのだろう。
それぞれ紙に何か書き込んでいる様子で私には気づいていないようだった。
勉強、してるのかな?
だけど机の上に教科書や参考書のようなものはなく、カバーの色が異なる国語辞典がいくつも積まれていた。
っていうか国語辞典って、一つで良くない?
そのままテーブルの上を見ていると、隅に置かれた手作り感溢れる紙製の三角柱が目に入る。
そこにはマジックペンで『校 閲 部』と記されていた。
「こう、……なに部?」
見慣れない漢字に思わず声が出てしまった。
すると席に座っていた三人はそれぞれ手を止め、顔をあげる。
やばっ……。
なんか話しかけたみたいになっちゃったかな?
私はどうやら目に入った文字をそのまま口に出してしまう癖があるらしい。
裏学校新聞の時もそうだったけど。
あ。
裏学校新聞のことを思い出して、あの記事のことも思い出した。
非公式・非公認・期間限定の部活。
それは校内に部室はなく、男子生徒三名が所属している部活である。
そして私の目の前には学校以外の場所に集まる怪しい男子生徒が三名。
まさか……、あの都市伝説みたいな部活動ってこの人たちのこと?!
三人の男子生徒のうちの一人、制服を着た太った男子がゆらりと立ち上がる。
なになにこの人たち、一体、何をするっていうの?!
ビビる私を前に、太った男子は膨れたお腹をさすりながら優しく問いかける。
「きみは校閲部の入部希望者かな? それとも依頼人?」
え?
「こ、……こうえつ、ぶ?」
最初のコメントを投稿しよう!