8人が本棚に入れています
本棚に追加
彼の家は、僕の家の真反対だった。
僕の地区なんて微塵も通らない。
彼が一人だった僕に気を使ってくれていたことに今更気がついた。
「ひ、響輝、くん。その、えっと、」
自分でも上手く言葉をまとめられなかった。
僕は俯いたまま彼の後ろを歩く。
彼の足が止まり、僕も足を止める。
俯いた視線の先に彼の足が見える。
彼がこっちを振り返るのが見えた。
僕は何を言われるのか怯えていた。
僕はやっぱり、彼に迷惑をかけてたんだ。
僕がギュッと目を瞑っていると、彼が僕の頬に手を当てた。
「…え?」
僕は驚いて彼を見上げる。
彼の表情は真顔だった。
今まで見てきた笑顔の表情は全くなかった。
僕は怖くなって、何も言えなかった。
ただ彼の目を見ることしか出来なかった。
最初、家族以外の誰の目も見ることも出来なかった僕は、いつの間にか彼の目を見ることができるようになっていた。
一緒に食事をすることも、一緒に休み時間を過ごすことも、何もかも、僕にとっては初めてだった。
僕は彼に嫌われたくない。
そう思っていると、彼が苦笑いを浮かべる。
「やっぱ、気持ち悪いか?」
「…え?」
僕に触れていた彼の手が離れる。
「俺は、直也と少しでも一緒にいたかったんだけど。やっぱ、ストーカーみたいで気持ち悪いよな。ごめん。」
そういう彼は少し寂しそうだった。
僕はそんな、彼の表情を見るのが嫌だった。
「そ、そんなこと、ないよ。ただ、僕に気を使ってくれてたんじゃって、思って、」
「…気を使う?なんで?」
彼が不思議そうに僕を見る。
「だ、だっていつもひとりの僕が可哀想だから、だから、一緒にいてくれてるだけ、なんじゃって。」
彼は苦笑いではなく、本当の笑みを浮かべた。
「そんなわけないだろ?直也は、俺の親友だからな。」
「…親友、そう、だよね。」
僕は彼の笑顔が大好きだった。
僕も彼に笑顔で返す。
彼のおかげで僕は自然に笑うことが出来る。
でも、このときは僕の笑顔を見て、彼は笑顔をやめてしまった。
僕は何かしてしまったと思い、咄嗟に謝った。
「ご、こめん、僕、何かしたかな?」
「…ううん、いや、なんでもない。」
彼はスタスタと歩き始める。
僕もそれを追いかける。
今度は僕が彼の隣に立った。
初めて自分から隣に行ったかもしれない。
彼は少し驚いたように僕を見る。
「し、親友なんだから、当然、だよ、ね?」
僕は少し照れ笑いで彼の方を見た。
彼は最初、驚いていたけど、また微笑んで頷いてくれた。
彼の家は、ちょっと遠いみたいだった。
最初のコメントを投稿しよう!