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帰り道、二人で手を繋ぎながらタクシーに乗った。キャップとマスクを着用して再び変装した嶺亜は、あれからずっと黙ったままだ。
泣きすぎてメイクはぐちゃぐちゃになり、化粧室で何とか直そうとしたけれど、腫れた目までは戻せない。不細工になった顔を見られたくなくて澪は俯いていた。
沈黙の中、二人の手だけが重なっている。タクシーの行き先は澪の家だ。きっとあっという間に着いてしまう、それまでに何か言わなければ。
でも、何を言えばいい?
あれほど泣きじゃくって、みっともないところを見せてしまったのだ。何を言ってももう遅いような気がして、澪は言葉に詰まってしまう。
そうして話すことに迷っているうちに、家に着いてしまった。
あの、と澪が声を上げると同時に、嶺亜がキャップを取る。そして、運転手に見えないようキャップを顔の横にかざし、澪の唇に自分のそれを重ねた。
「帰ったら、電話するから」
またね、と耳元で囁かれたとき、ようやくキスをされたのだと理解が追いついて、頬が真っ赤に染まる。
「う、うん。またね……」
緩む口元を手で隠しながら呟くと、嶺亜は小さく笑って再びキャップを被る。ひらひらと手を振る彼に応えながら、「こんなの心臓がもたないよ……」と澪は小さく呟くのだった。
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