どうかずっとこのままで

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 嶺亜に初めて出会ったのは、中学二年の春のことだ。クラス替えで初めて同じクラスになった彼は、このときにはすでに学校中の人気者だった。  いつも自信満々で、上昇志向。勉強も運動も、順位のつくものは何でも一番でないと気が済まない。その上顔もスタイルもいい訳だから、女子たちが放っておくはずもない。  澪にとって嶺亜は、地球外生命体のように理解不能な人間だった。自分に自信がなく、いつも俯いてばかりだった澪からすれば、努力家で才能の塊、そして自信に満ち溢れた嶺亜は、文字通り異次元の存在だったのだ。  今でこそテレビでは好青年を演じているようだが、当時の彼はいつもぶっきらぼうでハリネズミのようにとがっていて、近寄りがたい印象だった。  そんな彼と仲良くなったのは、本当に奇跡のような話だ。席替えで前後の席になり、それでも会話を交わすことのなかったある日のことだ。  ファッション誌に載っていた、若手俳優の特集ページに目を落としていた澪に、突然嶺亜が話しかけてきた。 「好きなの?」 「えっ?」 「立花カイト」  その若手俳優の名前は立花カイトといった。まだドラマの端役などにしか起用されていない新人だが、澪はカイトのファンだった。初めてその演技を見たときから、強烈に印象に残っていたのだ。少し不器用そうなところ、自信のなさそうなところ、それでいてひたむきに努力しているところ。知れば知るほど彼のファンになり、応援するようになっていた。そのとき読んでいたファッション誌も、カイトの特集ページがあるから購入したくらいだ。 「うん。知ってるの?」  まだあまり有名じゃないと思っていただけに、クラスメイトが知っていたことが嬉しくて、澪は目を輝かせる。 「知ってる」  嶺亜はぶっきらぼうに答え、ふいと横を向いた。  初めて喋るのに、ちょっと馴れ馴れしかったかな、と反省して俯くと、会わせてやろうか? と低い声が呟く。  聞き違いかと思って顔を上げると、先ほど目を逸らしたはずの嶺亜が、澪を真っ直ぐに見つめていた。 「えっ、会わせるって、カイトくんに?」 「そ。ソイツ、俺の兄貴」 「えっ! そうなの!? 確かに城戸くんもかっこいいもんね……」  まさか自分の推している俳優の身内が、クラスメイトにいるとは思わなかった。カイトと嶺亜は全く似ていないが、どちらも顔が整っているので、兄弟と言われれば納得である。  しかし何より意外だったのは、嶺亜がカイトに会わせてやろうかと言ったことだった。いつもツンツンしているイメージがあったので、そんな優しい一面があるとは思わなかったのだ。 「ありがとう、城戸くん。優しいね」  澪が微笑んでそう言うと、嶺亜は再びそっぽ向いてしまった。もしかしたら照れているのかもしれない。  褒められ慣れていそうなのに、意外と照れ屋なんだな。それが彼の最初の印象だった。 「嬉しいけど、ズルしてるみたいだから、会うのは我慢する」 「……ふぅん」 「でも、クラスメイトでカイトさんのファンがいますよって伝えてくれると嬉しいな」  はにかみながらそう言った澪に、嶺亜は了解、と呟き、前を向いてしまった。  今まで話したことがなかったけれど、勝手にこわい人というイメージを持っていた。でも本当の嶺亜は優しい人なのかもしれない。  澪はクラスメイトの新しい一面を知ることが出来た気がして嬉しくなり、一人微笑んだ。
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