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付き合ってみて初めて分かったことだが、嶺亜はかなりヤキモチをやくタイプだった。いつも自信満々な彼にそんな一面があるとは思わず、澪はびっくりしたものだ。
特に兄であり俳優でもある立花カイトの話題になると、嶺亜は決まって不機嫌になった。最初は兄弟仲が悪いのかと思っていたのだが、話を聞く限りそうではないらしい。
どうやら澪がカイトのファンであることを気にしており、ライバル心を持っているようだ。
嶺亜がヤキモチをやくたびに、不謹慎かもしれないが澪は嬉しいと思ってしまっていた。彼は好きだという言葉を口にしないので、ときおり不安になってしまうのだ。だからこそ、嶺亜が嫉妬することで、自分が彼に好かれているのだと安心することが出来た。
だからちょっと意地悪かもしれないが、澪は二人きりのときに話題に困ると、カイトの話をした。ドラマで演じていた役がすごくハマり役で上手だったよね、雑誌のあのページの写真がかっこよかった、など、カイトの話題に困ることはなかった。なんせ澪はカイトが出演するテレビや雑誌は大体チェックしていたのだから。
そんなあるときだった。
カイトが端役で出ていたドラマの感想を話していると、ふいに嶺亜が澪の言葉を遮り、こう言った。
「俺もなるから」
「えっ?」
「俳優」
衝撃的な言葉に、しばらく澪の脳はフリーズした。それから徐々に稼働し始めた頭が、私のせいだと叫び始める。
「ま、待って、ごめん、違うの」
「違うって何が」
「ヤキモチをやいてくれるのが嬉しくて、わざとカイトくんの話をしてたの」
嶺亜くんと比べてたわけじゃないよ、と澪が言葉を付け足すが、嶺亜は眉をひそめただけで何も言わなかった。
「カイトくんのファンなのは本当だけど、好きなのは嶺亜くんだけだよ」
「でもファンなんだろ」
「ええ……それはそうだけど」
「じゃあ俺もなる」
俳優になって、兄貴を超えて、ナンバーワンになる。
ためらいなく言ってのけたその言葉は、あまりに大きな夢で、澪は唖然としてしまう。でも知っている。彼が冗談でこんなことを言う人ではないことを。つまり、本気なのだ。本気で俳優になって、その世界で一番になろうとしている。
「芸能界に入るのって、そんなに簡単なことじゃないでしょ」
焦って澪が言葉を紡ぐが、嶺亜は聞く耳を持たない。ふいと横を向いて、スマートフォンで何かを調べ始める。それから数秒後、このオーディションを受けるから、ととあるページを見せられる。そこには新世代俳優オーディションと記されていて、人気若手俳優を多く輩出しているものらしかった。
「でも……」
「俺はなんでも一番じゃないと気が済まないんだよ」
なのに澪の一番じゃないなんて、我慢出来ない。
ぽつりと呟かれた言葉に、澪は自分のしでかしたことの大きさをようやく理解した。
私のせいで、私が嶺亜くんの前でカイトくんの話ばっかりしてたから、こんなことに……。
自分を責めてみてももう遅い。嶺亜はすでにオーディションを受けると決めていて、一度決めたことを撤回するような性格でないことは、澪が一番よく知っていた。
澪は自分の行動を後悔しながら、嶺亜の行く先を思い、不安に思うのだった。
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