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お別れのときは、澪が決めた。
付き合っているのかどうか分からない。そんな状態が数ヶ月続き、苦しくてたまらなくなったのだ。
嶺亜からは相変わらず連絡がない。仕事が忙しいのかもしれない。学校は受験シーズンに入ったというのにほとんど来ていないし、会うこともままならない。
そんな日々に、澪は疲弊していた。
「私たち、別れようか」
初めて彼に電話をかけた。五回のコール音の後、懐かしい声が聞こえてきて、泣きたくなった。緊張に震える澪の第一声が、それだった。
電話口ではしばらく無言が続いた。それから返ってきた言葉は、「俺たちまだ付き合ってたんだ?」という残酷なものだった。
ぼろ、と涙がこぼれる。
本当は、引き止めて欲しかった。俺はまだ好きだよ、別れたくない。とそう言ってくれればどれだけよかっただろう。
大粒の涙がこぼれるのを拭いもせず、澪は小さな声で、今までありがとう、と言った。嶺亜は静かな声で頷いただけだった。
彼は変わってしまったのだ。芸能界に入り、俳優として芝居を学び、少しずつ人気が出始めて、ちやほやされるうちに、変わってしまった。
変わらないのは、変わることが出来ないのは、澪だけだ。
「お仕事、頑張ってね」
一番になれるよう、応援してるから。
それが最後の言葉になった。それ以上話すことが出来なくて、一方的に電話を切ったのだ。しかし嶺亜から電話がかかってくることは終ぞなかった。
涙があふれて止まらない。電話でよかった。電話での澪は、主演女優賞をもらえるくらい、芝居が出来ていたと思う。きっと嶺亜には、泣いていることなんて分からなかったはずだ。
声を上げて泣きながら、澪はスマートフォンを握りしめていた。いつまでも鳴ることのないそれに縋りながら、涙が枯れるまで泣き続けた。
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