18話

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18話

 それから、幾度目かの春が過ぎました。無事に病院を退院した拓哉は、たくさん勉強して、夢だった介護福祉士になりました。 「よっ! おはよう、拓哉君」 「おはようございます、秋元さん」  出勤した拓哉が、嬉しそうにいうと、入居者の秋元さんは、ニコッと笑いました。ちらっと見ると、他の入居者さんも、テレビを見たり、好きな本を読んだり、のんびりと過ごしています。 「あっ、幸恵さん。そのお花のブローチ、とても素敵ですね。すごく、似合っていますよ」 「まあ、ありがとう。孫が作ってくれたのよ」  幸恵さんは、そういって、手作りのブローチを愛しそうになでました。拓哉が、みんなに温かいお茶を配っていると、先輩の山田さんが、日向ぼっこしている女性に声をかけました。 「そういえば、友子さん。実は、今日、そこにいる拓哉君のお誕生日なんですよ」 「まあ、そうなの。おめでとう」  友子さんが、拓哉を見ながら微笑むと、拓哉は、嬉しそうにお礼をいいました。 「ありがとうございます。それと、温かいお茶です。火傷しないよう、気をつけてください」 「ええ、ありがとう」  拓哉は、カーネーションの絵柄がついたマグカップを置きます。すると、手を伸ばした友子さんの指先が、そっと拓哉の手に重なりました。 『ほら、拓哉。迷子にならないよう、お母さんと一緒に手を繋ごうね』 『うん! そしたら、もう離れ離れにならないもんね』  どれほど時が過ぎても、優しい笑顔や思い出は、今も、色褪せることのない愛情を伝えてくれます。 (……産んでくれて、ありがとう。お母さん。僕は、お母さんのことが大好きだよ)  拓哉は、心の中でつぶやくと、幸せそうに笑いました。
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