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『あとは職業柄……というのは大げさかな』
「そんなことないですよ。俺も向こうにいる間すごいお世話になりましたよ、同業の方に」
仁は日本で美容師をやっていて、イギリスには抽選で取れたワーキングホリデーで滞在しロンドンの日系サロンに勤めていたとのことだった。
欧米の人とは髪質が違うし、慣れない英語で注文を伝えるには相当な勇気と自信が必要だ。現地の美容室や理髪店に行くのをためらう日本人はそれなりにいる。彼のように、問題なく日本人の相手ができる美容師は長期滞在する留学生や駐在員家庭にとってはありがたく貴重な存在なのだ。
「ロックダウン中は大変だったんじゃないですか?」
『否定はしない。絶対リモートではできない仕事だし。でも貯金は多めに用意してたからそこまでは焦らなかったかな』
「すごいです」
仁を一つ知るごとに、雄太の中の何かが彼に惹かれていく。
間が空いて、仁が訊く。
『雄太くんはイギリスに何しに行ってたの? 楽しかった?』
「はい、すごく――……」
そこではっと気づく。
楽しかった?
それを訊かれるのは帰国して初めてだ。両親さえ気にしていなかったのに。
「……」
胃の辺りがねじれたように苦しくなった。
「……仁さんは」
『え?』
「その……お母さんと妹さん……イギリスに行くのに、反対、しなかったんですか?」
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