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目を閉じる。
黙ったままでいるもストレスだが、身内に愚痴は吐かない。そんなことをしたら、ほら見ろ、留学なんて行くんじゃなかったと鼻で笑われる。
深く息をして再び目を開けると、視界が侵略されていた。
雄太の前に一人の男性が立ってまっすぐこっちを見ている。
年は雄太と同じか少し上くらいか。きれいに整った髪、凛々しい眉毛と深い色の目をした、おそらくイケメンの部類だ。手に持った濃い青色のクリアファイル越しに、雄太も何度も提示を求められた搭乗券の端が見えた。乗ってきたのは雄太と同じロンドン・ヒースロー発の便で名前はIto, Jin らしい。
目が合うと、彼はそっと笑った……と思う。少なくとも雰囲気は和らいだし、目が細くなった。互いに顔を半分隠している以上、そこくらいでしか表情を伺えない。
「お疲れ様です」
「え? あ、はい」
会話ができると思った解放感も束の間、雄太がそれ以上の返事をする前に、彼は背を向けて前の椅子に座ってしまった。
「……」
さっきの挨拶と笑みは何なのだろう。仲間同士、仲良くしましょうとでも言うのか。
その余裕がちくりと刺さる。
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