センチメンタルハイ

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・ジャンキーの場合 「あいつでどうだ?」金田が声を潜める、俺たちは壁からのぞき込んで、男を見つめた。 スーツに身を固めた中年太りが、ビジネスバッグを下げている。いかにも風采の上がらないビジネスマンといった感じだ。 「楽勝だろ」ジョーがその案に乗る。  その言葉を切欠に、金田、ジョー、ヤンク、俺は中年男に襲い掛かった。いつもどおりジョーの背中への飛び蹴りが決まると、中年男はだらしなくつんのめって地面に転がった。俺がバッグをひったくり、金田がポケットをまさぐっている。  ジョーとヤンクは何度も男の腹と背を蹴りあげている。その度に情けないうめき声が漏れた。目当てのものを見つけた金田が「てっしゅう~」とおどけて言うと、俺たちは全速力で逃げた。俺たちの中でおやじ狩りはもはや遊びの一端になっていた。  財布の中身はクレジットカードに現金が3万円、運転免許証まぁまぁといったところか。収穫に沸き立つメンバーを他所に、俺は嗜虐心に酔っていた。男のひしゃげた顔、だらっと垂れたビジネススーツ、涙ながらに許しを請う声、あのサラリーマンをもっと殴りつけたい。  俺は暴力がたまらなく恐ろしいのだ。暴力は一度行使すると、際限なく強力になり、躊躇しなくなる。  トラック運転手の父親は、遠方から帰って来ては鬱憤晴らしに、俺と弟を殴った。遠距離トラックで数日置きに帰ってくるのがせめてもの救いだった。しかし俺は殴られることより暴力を行使することのほうが恐ろしかった、いつか人を殴り殺してしまうのではないか、という恐れが頭の中について回った。  暴力に関しては、容易に暴力を行使できるものと、そうでないものがいる。俺は自分が感覚的に前者であることを感じていた。根拠はないが、暴力を目の当たりにしたり、痛みを感じた時。プツンと張り詰めた糸が切れる音が聞こえる。親父に殴られている間、俺がこらえられなくなって、手を上げたら殺すまで止めない気がした。  唯一父親が弟に手を挙げた時だけは、頭が真っ白になって親父の襟をつかんだ、次の瞬間には頭突きを入れていた、鼻の曲がるゴリッという音が頭蓋越しにつたわってきた。鼻血を噴き出して仰向けに倒れた父親に、睾丸がつぶれる角度を狙って股間を思い切り蹴り上げた。親父は失禁し悲鳴を上げてながら別室に逃げ込んでいった。  これで俺がこの家で、カーストの最上位に立った。とどめの出刃包丁を手にした俺を、弟が止めに入らなければ、次は目を潰すつもりだった。胸の内には真っ黒な大蛇のような歪な形をした達成感がのたくっていた。  この一件で、自分の内にある嗜虐性は、封印したほうがよいと考えた、15歳で少年院は勘弁願いたい。  この衝動性を抑えるために、友人の家を転がり歩く生活を始めた。 「3万かどうする?」ヤンクが息を切らせながら聞いた。 「カラオケっしょ?スロ行くにも足りないし」金田が答える。 「もう一人いこうスロやりたい北斗が俺を呼んでるんだよね」ジョーが提案する。 「なにそれ、タケは?」ヤンクが俺に尋ねる 「俺はなんでもいいよ」俺は未だ暴力の余韻から抜け出せないでいた。 「じゃもういっちょいきますか」反論を唱える者はいなかった。耐性がついてスリルを感じなくなるというのも、暴力とドラッグと似ているだろうか。  とにかく俺はドラッグをキメればそれでよかった、シャブ、コカイン、MDMA、ヘロイン、マリファナ、合法ドラッグ、とにかくこの世界から連れ出してくれるドラッグ群は、俺にとっての救世主だった。後にジャンキーと名乗るのも異常なドラッグへの執着によるものだ。  シャブなどは、幸せの前借りなんていうけど、死ぬまで借り続ければそれでいいと思っていた。その為にプッシャー(売り子)という最前線に立つ役割の一つ上のプッシャーを束ねる役に付いていた。  物思いに耽っている間に次の仕事場が決まったようだ。  先の駅への通り道になっている公園は避け、もう一つの公園に場所を移した。早朝である、虚ろな目をした社畜が通る穴場になっている。通り魔に注意のポスターも空しい。幾度もおやじ狩りを行ってきたが一度も見つかったことはなかった。場所を変え、時間を変え巧妙に行っているのでこれまで失敗するわけがなかった。暴力も腹を蹴るだけに留め極力証拠を残さないようにしている。俺たちは完全に慢心していた。  物陰にしばらく息をひそめているとスーツの男が通りかかった、ここはストップだ直感が俺に命じる。「こいつはヤバイ」その言葉が届く前にジョーが飛び出した。やるしかなさそうだ。スーツの男はジョーの蹴りを食らっても倒れなかった、向き合った男は素早い動きで大外刈りをかけた、もろに地面に転がってうめき声も出ないジョーを見て、俺達はそれぞれに考えた、このままジョーを捨てて逃げるか全員でかかって柔道の達人を倒すか。  男の動きは武道の修練を収めたもの見えた、四人くらい簡単に投げてしまうだろう。そして何より金田がポケットを弄っているのが気になる。  あそこにはバタフライナイフが入っている。護身用だと嘯いたが使い慣れない武器など持ったところで邪魔になるだけだ。  ジョーが捕まっても恐らく、俺たちのことは話さないだろう、そういう家族より強い結束のもとに俺たちはいる。証拠もない、今なら背中を蹴っただけのお遊びで許される可能性もある。全員で掛かったら、一連のおやじ狩りの全貌が明らかになって、俺たちは間違いなく少年院に放り込まれることになるだろう。考えろ。ジリ貧じゃないか。金田がナイフを出したらそれこそ終わりだ。 「すみません!!友達と間違えたんです!」ヤンクが駆け寄りながら叫んだ。 「友達と間違えた?そうかそれならしかたないな……このところのおやじ狩りお前らの仕業だろう」 ヤンクの顔が引き攣る「僕たちそんなん知らないですよ」 「おい、そこの」男が金田に向き合った「そのナイフ何に使うのか知らんが、銃刀法違反だ、刺したら殺人、死ななくても殺人未遂、割の合わん得物だな、持つなら丸太でも持っとけ、殺人未遂で済むかもな」 金田がポケットのバタフライナイフを弄ぶのを止めた。 「非番だから見なかったことにしてやるが、もうこの一帯でおやじ狩りできると思うなよ」男はそう言うと踵をかえして立ち去った。 「ポリかよついてねえ」ジョーが嘆息した。 「お前の蹴り全然効いてなかったじゃねえか」ヤンクがからかう。 「俺が弱いんじゃないの、あいつが強すぎなの」ジョーの言い訳を遮って俺は言う。 「アイツに行ったのはまずかった、スーツで隠れてたけどごっつい体してたからな」 「カラオケ行くか~」ジョーが情けない声を出した。  金田はまたバタフライナイフを弄っている。俺は金田がいつかそれを使ってしまうのではないかと気が気でなかった、光沢を帯びたそれは、果たして金田の心の底の嗜虐心を刺し殺すだろうか。暴力は一度振るったら、二度目はよりその線を超え易くなるものだ、それを容易に行使するようになり、またエスカレートする。  俺は怒りを飼いならさなくてはならないと思っていた。俺には弟という守らなければならない存在がいる。  俺たちそれからもおやじ狩りはつづけ、高校も一年で留年したため、全員そろって放校になった。晴れて反社会人デビューしたことになる。ヤンクとジョーはオレオレ詐欺の受け子までやるようになっていた。全員が似たような状況だが、俺たち自体の結束は未だ固かった。  俺はこの頃にコカインに出会って、その多幸感に夢中になっていた、粉状のものをクレジットカードや剃刀で一筋に揃え、紙幣を丸めて鼻から吸引する、粘膜で摂取するわけだスニッフともいうが、その行為そのものも背徳的で嫌いでなかった。  コカインは作用時間が30分程度と短い、短いがゆえに連続で使用する、耐性が付くのも早いわけだ。ひどくなると粘膜が溶けて鼻中隔に穴が開くらしい、俺はそれでもかまわずコカインを吸いまくった。  ともかく俺はこれが切っ掛けで、名実ともにジャンキーになったのだ。  その頃の俺は真っ当な仕事などするわけもなく、地回りから任されてプッシャーをやっていた。飲食の宅配BOXに美味しいお薬を入れてロードバイクで東京中を駆け巡っていた。1日5万程度にはなったが自分が使う量を引くと足りなかった。仕方なく金欠の俺は、売り物を拝借してぶっ飛んでたわけだ、バレたらただじゃすまないがジャンキーにはピッタリの仕事ってわけだ。  プッシャーの仕事ではシャブとマリファナがよく売れた。オレペンという注射器も売れた、シャブにせよヘロインにせよ静脈注射が一番早く強く効く、オーダーはひっきりなしに入った、シャブで景気をつけて仕事をするのだろうか。売りながらも、その客の生き方も、会社の構造も狂ってると思った。  まぁ俺が言えた義理ではないが。  プッシャーをやって数か月がたったころ、違法ドラッグの供給元、ヤクザの前田がやってきた。前田との関係は、ビジネスパートナーといったところで、俺はヤクザになったわけではい。ジャンキーである俺と薬を売りたい前田の利害が一致したというだけだ。 「ドラッグのショップを渋谷で開くからお前面倒見ろ」 「イリーガルを渋谷のど真ん中でやるんですか?」 「合法だよ、5meo-dipt、ややこしいから米だ」 「そりゃ米はうまいですけど」 「百姓やるんじゃないんだよ、今の合法ドラッグはシャブより強い、合法だから道玄坂のショップで若者を釣れる、捕まる心配もないから、ネット販売、宅配、手押し、店舗やれることは全部やる。規制がかかるまで一気に売るまくるぞ、新宿2丁目にも出す、波がきたんだ、乗るぞこの波に」 「波っすか…」 「1パケやるから試してみろ、エロにガツンとくるからAVでもみてみろ」 俺はコカインがあるんでと言いかけて慌てて口を閉ざした。 「いや俺はいいですよ」 「バカヤロウ、売り子が商品のこと知らないでどうするんだよ、依存性もないから安心しろ」 「はぁ」 「ただ量がシビアだから電子測りでキッチリ測れよ、死ぬぞ、あとこれ」 さらに前田は黄色いラベルの、小ぶりな瓶を取り出した。 「Rushだ、揮発するガスを鼻から吸え、吸ったら限界まで息を止めろ、間違っても液体吸うんじゃねえぞ」 ペリペリとラベルを剝いて渡してきた。Rushはツンと溶剤のような匂いがした。 「シンナーなんかと違って脳が溶けたりはしねーよ」 俺はRushを鼻元に持ってきて吸ってみた。 「そうじゃない、鼻の片方を塞いでもう片方で強く吸うんだ。限界までだぞ」 言われるとおりにした、途端に鼓動が早くなった、全速力で走った後のようなドキドキに頭に血が上がった感じがした。 「こんなのが売れるんですか?」俺は素直に聞いた。 「他愛ないもんだが、ゲイの間でバカ売れよ、ケツが緩んで気持ちよくなるってな」 俺はこれで一儲けしてフィリピンに移住するつもりだ、お前も来るか?」 「それは考えさせてもらいます」  俺は米をためしてみるためラブホテルに入った、家にはアル中の父親と弟がいる、集中できるラブホテルが最適だろう。ついでに道玄坂のショップも見学してきた。  早速、米の量を測って、カプセルに入れローションをつけて肛門から挿入した。やがて、歯のくいしばりがはじまり、つけっぱなしのAVから目を離せなくなった、それほど美人とはいえない女優が2人の男を相手に、愛撫されている。  自分もローションを塗って同じように愛撫してみた。途端にビリビリと前立腺に向かって快感が走り抜けた。もう画面から目が離せない、画面内で犯されているのが女優なのか自分自身なのかどうかわからなくなってきた。女が喘ぎ声を上げるたび俺も喘いだ、男優が女を突き上げるたびに肛門の奥、前立腺に快感の波が襲ってくる。イク、、しかし射精はしなかった、ビクビクと直腸が蠢く。俺は部屋に添え付けのペニスの玩具を買い、慎重に挿入してみた、きつくて入らない。  Rushを取り出し吸い込んだ、肛門にあてがっていた玩具の亀頭が徐々に飲み込まれていく。画面では女は一方の男に激しく突かれ、もう一方の男には口淫を強いられていた。俺はすぐにもう一つ玩具を買い、肛門と口を交互に犯した。女優と完全にリンクしていることにとてつもないエロティシズムを感じた。「気持ちいいのか?」男優が問う「はぁい」口がふさがれているため間抜けな返事しかできない。俺も「はぁい」と答えた。脳の中に女優が直接語り掛けてきた(気持ちいいね、気持ちいいね、気持ちいいね)俺はそれのすべてに頷きながらうっすら涙を流していた。何度イッただろうか最後は咽喉の奥でイッてしまった。  3-4時間で、落としがいらないほどに爽やかに5meo-diptは切れた。とんでもないドラッグがでてきた。射精でもない強烈な快楽に翻弄されて米の初体験は終わった。後にポン中ですらエロは米のほうが断然気持ちいいといったくらいだ。  斯くて俺は渋谷のエロドラッグ屋の店長になった。合法ドラックを売りさばくことになった。  合法ドラッグは売れに売れた、原価も安くパケに詰めて並べるだけで金が入ってきた。頭のねじがきれてるようなイッている奴から、若いアベック、サラリーマンまで、作用時間が3時間程度というライトさがよかったのだろうか、ひっきりなしに客がきた。後年発売された3日連続効くドラッグは歴史の表に出ないだけで多くの人間を病院あるいは火葬場送りにしたことだろう。  だがドラッグなくして東京はでは生きられない人が多いというのも俺の持論だ。  エロに効くもの、クラブでつかうもの、まったりするもの、商品も増えてますます多様性とともにさらに儲かった、そろそろ店じまいしてもいいんじゃないかと思っていた矢先。  事件が起きた。ゲイが10倍量の5meo-diptをウケのケツに仕込んだのだ。事実、ウケは肛門にドラッグを入れられても気づかない。微量で作用する5meo-diptを10倍仕込まれても全く気付くことなく受け入れてしまうだろう。  警察はすぐさま規制にはしった、ついでにRushまで規制されたのは納得がいかないが、それでも次から次へと新種の合法ドラッグは出てきた。化学式に一つナトリウムを足すだけで、違う薬として扱われる現状では、どうしようもなかった。  2C-I、メチロン、3-FPM、もはや何が入っているのかわからない。危険な状態になっていた。俺自体ももう合法ドラッグは止めていた、そしてドラッグが原因で事故も起きるようになってきた。ニュースにも取り上げられ、合法ドラッグは危険ドラッグと名称を改められた。  そして2013年包括指定が交付される、いたちごっこになっていた合法ドラッグをまとめて指定薬物にできるというものだ。合法ドラッグが死んだ瞬間だ。。  前田とともに規制がかかったドラッグを山林に捨てに行った、あれで一生分多幸にすごせるのにと思いながらスコップで穴を掘った。規制がかかる直前に警察に届ければ問題ないのだが、俺も前田も警察は嫌いだという意見が一致してこんな苦労をしている。穴に放り込んだとき舞い上がった粉で、少しキマってしまった。  帰りの車で前田に聞いた 「前田さんもう億万長者でしょ」 「まぁなこれからが正念場だよ、お前はどうするんだ一緒に来るか?」 「俺には弟がいますから」 「あっちにいけばもっと安全にトリップできるんだぞ、弟もつれてこいよ」 「それはそうなんですが…」 「まぁ無理にとは言わないけどよ、俺もお前のこと兄弟みたいに思ってるからよ、困ったら声かけて来いよ」ヤクザのこの手の言葉を信じてはいけないということは別のやくざから聞いていた。さて、どちらかのやくざが嘘をついていることになる。答えは出ないときははぐらかすに限る。 「ありがとうございます」  前田のことは嫌いではないが、この男はいつか下手を踏むと妙な確信があった。その巻き添えはごめんだ。  前田が口を開く。 「そういえばお前がつるんでた奴らみんなパクられたぞ」 「え?どうして」最近連絡は取っていなかったが初耳のことだ。 「町工場に強盗にはいったらしい、老夫婦を縛り上げて口にガムテープを貼ったのがまずかった、二人とも窒息死で強盗致死だよ、その上駆けつけた警備員を一人がナイフでブスッだよ。無期もあるんじゃねえか若いのにな」 「あいつらは受け子やってたんじゃないんですか?」 「ソッコー逃げたよ、俺らも探してたんだがバカが早まりやがって……」  刺したのは金田だろう、あとは大体想像がつく、なんてことを。  車は首都高を抜けて自宅へ着いた。 「ホイ」前田が封筒を渡してきた、中身は金だろう。 「ありがとうございます」 「じゃあまた潮目がよくなったら遊ぼうや、ま、俺が日本にいたらな」  笑い声を残して車は去った。  家に帰るのは久しぶりだ。父親はアル中がひどくなってトラックに乗れなくなり、日がな一日酒を飲んでいる。  起きたらすぐに飲み、飲みつぶれるまで飲み続ける。連続飲酒というアル中でも危険な状態になっていた。俺も弟も放置している。あのままなら死ぬかアル中病棟に入れられるのは時間の問題だろう。父は俺に殴られた以来暴れることはないが、始終酒を飲み譫言のように愚痴をこぼしていた。  こうなったら断酒しかない、アル中の専門病棟に入院して、ダルクにはいるしかないだろう。アル中本人や家族がアル中からぬけだすための懺悔をするのがダルクだ。俺も弟もその存在を知らないわけではないが。父親はもうこれで寿命なのだと直感が告げた。  危ない橋を渡って得た金だが、父の酒代だけは現金で渡していた。一刻も早く死ぬべき人間のための金だ。  弟は真面目に学校に通っており、実質俺が面倒をみていた。できれば弟には酒もドラッグもない世界で、傷つくことなく生きてほしいと願っていた。俺はどうしてジャンキーになったんだろう。ドラッグがみせてくれる美しい紋様、女神のように見える女たち、普段は考えもしない深い思考に至ること、酒なんかドラッグの中では最低の部類だ、親父にはお似合いだし、このまま死んだとしても、それもまた相応しい死に方だと思う。 「兄貴ひさしぶり」 「仕事クビになったよ」 「そうなんだ」 「当面の金はあるしゆっくり考えればいい」 「いつもありがとう」 「たいしたことはないさ」 「親父は?」 「引きこもって飲んでるから放ってるよ」 そうか、といいながら親父の部屋のふすまを開けると、土下座をしてピクリともうごかない。親父はその姿勢のまま吐しゃ物を器官に詰まらせて死んでいた。 その姿勢は家族への詫びのつもりだろうか、いやただ飲みすぎて前に倒れただけだろうな。 「親父死んでるよ」と伝えると弟は「そっか」とかるく返事をしただけだった  そこからは救急車を呼んで、医者から死亡診断書をもらった、どうせ残ってる財産もないだろうから気にしなかった。そのまま棺桶と骨壺買った。 「戒名は『大飲酒無様居士』でいいか」と弟に尋ねたら「戒名なんかいらないでしょ」と笑いかけた。  誰も親父の死を悲しんでいない、ある意味清々しい死に方だなと思う。  逃げ出した母親に伝えるかどうかについても逡巡したが、これも放っておくことにした。  あとは火葬場で燃やして、骨壺ごと海に放り込んでもらうだけだ。散骨に委託プランがあって助かった。できるだけ恨みはもらいたくない。費用も全部で7万程度ですんだのだからたいしたものだ、さて、これで俺は本当の自由を手に入れたのだ。
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