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相変わらず驟雨が激しく打ちつけている。開幕前の舞台に送られる拍手のように。幕が上がったとて、あるのはセピア色の味気ない空間のみだというのに。
窓枠に切り取られた木々は、興味のまなざしで私たちを覗き込む。そこに光などないのに。
鈴蘭型の洋燈も、灰を掻き出していない暖炉も、ここでは意味をなさないのだ。紅色の絨毯も花柄の壁紙も反射板の代わりにはならず、むしろ焦げ茶の腰壁が室内の明るさを半分にまで落としていた。
肘をついた洋卓が湿っている。指で撫でると、べたべたとはりついた。まるで蝶が蜘蛛の巣にかかるように、私の指はほんの短い間ながらそれに囚われた。木製の洋卓と湿気が起こした反応というだけなのに、潤滑油とは対極の、いやらしい蜜のような何かに絡みつかれた気がする。実際、手を握っても何もない。噛んでいた唇から力を抜いた。
広い長方形の洋卓に、二人きり。窓からの仄かな光が彼の顔に濃い影を投げかける。悪いことを企むかのように、視線を交わしては薄い笑みを浮かべる。一方でその笑顔は、命の灯が消える寸前のものにも見えた。
眼前の彼は、この驟雨に寓けてどこかへ消えてしまいそうだ。影の刻まれた顔は木彫りの人形のように硬質なものに見えた。その癖、輪郭が曖昧だ。目の錯覚を利用した絵画に似ている、と思った。白い背景に、黒く不規則な、それだけではおよそ何かを表しているとは思えない物体が散らばっているのだ。黒だけを切り離すと確かに理解できないが、遠ざかると次第に黒い絵が影を表していることに気づく。いちど気づいてしまえば、初めからそのように見えていた、としか思えなくなる。
そんな騙し絵と、彼は酷似していた。彼だと認識している存在は既に影しか残されていないのかもしれない。であるならば、虚像に縋る己はなんと滑稽だろう。
真横に結ばれた眉を隠さない前髪が、時折揺れる。窓のほうを見たり、頬杖をつく手を組みかえたりしているからだ。
やはり彼は、私に手を差し伸べてはくれないのだろうか。家族を喪い独り身を貫こうとした彼は鋼鉄の殻を纏っていて、破るのに非常に苦労した──そう思ったのも、ただの思い上がりだったのだろうか。実際には依然として鋼鉄に阻まれているのだろうか。
けれどそれでも構わなかった。私は彼にとっての、最後の女となるのだから。
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