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俺はいったん上体を起こした。土岐もつられたように起き上がった目の前で、パーカーをアンダーシャツごと一気に頭から脱ぎ捨てる。
裸の上半身に、土岐が一瞬息を引いた。
そう、俺は男だ。これからお前は、男と寝るんだ。
現実を目の当たりにして、恐くなったか?
でも、言ったよな。抱いちまうぞって。お前も答えたよな、俺ならいいって。もう止めてなんかやれないんだ。
数秒だけ、無言で待った。土岐は観念したのか、こっちと同じようにしなければと思ったのか、自分もスウェットに指先を掛けた。だけどすぐに手を止め、ぽつんと呟く。
「……明かり……」
「え」
「暗い方が……いい」
なるほど、恥ずかしかったのか。こっちとしてはどちらでもいいっつうか、むしろ明るいところでこいつを見たいんだよな、と惜しみつつリモコンで常夜灯にした。裸眼は幸い両方とも2.0で、すぐ慣れることができるし。
でも、暗くなっても土岐はうつむいたまま一ミリも動かない。
代わりに俺がスウェットをつまんでも、抵抗はしなかった。そのまま裾を捲ったら、ちゃんと腕を上げてすんなり袖も脱いだ。どうも付き合ってる相手の前で脱ぐのが恥ずかしいってわけではなさそうだ。過去に彼女もいたみたいだし。
だけど俺と同じように上半身裸になると、肩を縮めて顔をそむけてしまった。肌寒いというよりも、まるで前を隠してしまいたいような仕草。
……ああ、そうか。
やっと理解した。
俺もたいがいバカだな。さっき押し問答したばっかりだってのに。
こいつは男に抱かれるのが恐いんじゃない。
自分が男であるのが恐いんだ。
どんなに暗くしたって、裸になってしまえば自分が“男”である事実を俺に突きつけることになる。退路も逃げ場もなくなる。
やっぱり無理だ、と言われはしないか。目が覚めた、とそっぽを向かれるんじゃないか。
そう怯えて、完全に固まっているんだ。
こっちが先に脱いだ方が土岐もやりやすいんじゃないかと思ってそうしたけど、完全に作戦ミスだったな。
俺は両手で土岐の裸の肩をそっと抱き寄せた。びくっと反応した背はガチガチで、すごくこわばってるのが判る。
警戒している子猫の毛並みを整えるように、背と頭を撫でた。肩に掛かるこいつの息も、触れあっている肌も温かくてすごく心地よかった。
そんなに恐がらなくていいんだ。大丈夫。
何度も撫でて俺の体温が馴染むうちに、リラックスしてきたのが伝わってくる。すかさず「好きだぞ」と耳にささやいた。
「っ……!」
土岐の肩がごくわずか、動いた。
裸になった後でもそう言われれば、ちょっとは気楽になって、自信を持ってくれるかなという俺の賭け。
今度は、成功したらしい。俺の背に土岐の腕がおずおずと回った。
そりゃ、細いようでも触ってみると女性の華奢さとは全然違ってて、筋肉も骨組みもしっかりしている。
胸もないし、脂肪もないから柔らかくない。背丈だって女の子よりずっと高い。
だけど、こいつの服を脱がせて一番に思ったのは綺麗だ、ってことだった。
さっき夜空で月を見上げたときと同じように、ただ、綺麗だなって。
こうして抱いているだけで、俺をたまらない気持ちにさせてる。これでどうやって冷めたりできるっていうんだろうな?
背中を支えながらベッドに横たえ、うなじにキスしながらこいつのスウェットズボンも剥ぎ取った。脱ぎにくくなってた俺のジーンズも床に蹴り落として、今度は全身でこいつに覆い被さって唇に貪りつく。自分の腰に何が当たってるかを悟った土岐がいまさら驚いて身じろいだ。
あのな。
お前にキスされて、裸を見て触ってからずっとこうなってるわけ。
つまり、さっきからすごく我慢してるんだぞ。
そう教えたくて土岐を見下ろしながらわざと押しつけたら、ようやくこいつの顔から後ろ向きな不安が消えた。俺の頬に右手で触れて、隆、と呼んで、泣き笑いみたいな表情になる。
なあ秀司。同性の身体は悪いことばかりじゃないだろ?
こうやって、お互いの気持ちがすごく判りやすい。勘違いのしようがない。だから自信持てよな。
土岐も俺と同じくらい反応しているのを知ってしまえば、俺の身体には思春期逆戻りの野獣スイッチが入って、がっつくことしか頭になくなってしまった。
風呂から半時間以上経ってるのに、まだこいつの全身からはほんのりといい香りがする。
あれこれしてみたいことを山ほどリストアップしてたはずが、いざとなると本能の赴くまま。その匂いを全部味わうように俺は土岐の身体のあちこちにキスしたり撫でたりしていった。頬やうなじはもちろん腹や腿まで、隠されたおやつを鼻で探す犬よりも熱心に、真剣に。
「やっ……それ、くすぐ、ったい……」
胸を舐めるたびに土岐がほそい声を上げて背を浮かせる。
男でもココは弱いってあったけど、本当みたいだ。舌先で舐めて硬くすればするほど、土岐の声はだんだん弱くなって、くすぐったいって云わなくなってきている。ためしに指先で捏ねたら、高い声が漏れた。
「隆っ……! それ、やだ……!」
「そうか?」
反対側も同じように舐めて悪戯しながら、右手を臍の下まで滑らせた。
――うん、さっきよりずっと良くなってる。熱くなってるそこを軽く撫でたとたん、土岐の踵がシーツを擦った。
いやじゃないよな、こんなにしてるんだもんな。こいつの否定が肯定の裏返しなのは、ベッドでもおんなじってことでいいかな。だいたいお前の掌、ずっと俺の頭を撫でてるし。
初めての同性相手は、いくら知識を蓄えようがいざとなると上手く行くか心配だった。だけどこうしてみると、身体で判りやすいのは助かる。
顔を下にずらして、腹筋をくちびるで辿った。俺ほどガタイがいいわけじゃないけど、インドア仕事のわりに筋肉がしっかりしてて無駄な脂肪がない。スタイルの良さも含めて体質なのか、学生時代に運動部に入ってたのかも。
許されるならすべすべした色白のこの肌をひとりじめして一生撫でていたいし、いろんなところを味わっていたかった。
男なのに、どうしてこんなに綺麗なんだろう?
こいつが目の前に居るかぎり俺は修行僧どころか煩悩の塊だ。だってこういうことまでしたいんだからな。
触ったばかりの土岐の足の付け根を指で支え、ぺろりと舐めた。
「――っ! ちょっ、隆、それ、まって!!」
狼狽した土岐が肘で上体を起こそうとした。でもさらに舐められて、あえなくシーツに沈む。
そんな焦らなくても。
まさか彼女にされたことないのか?
「んー。悪い、待たない」
上目遣いに土岐を見ながら、濡れた先端にわざと音を立ててキスをする。
腰が跳ねて、土岐が枕の上で嫌々をする。薄暗いのに顔が真っ赤になってて、涙目になっているのがはっきり判る。
こんなに熱くなってて美味しそうなのに、なんで待たなきゃならないんだか。刺激を与えすぎないよう、何度も指と舌先でくすぐる。
「うそ……、やだ、隆……ね、……もう、やめよう、……?」
俺の肩を手で押しやろうとしながら綴られる、子供のおいたを必死に宥める母親みたいな口調。
その程度で止めるわけないだろ。
ちょっと身体を撫でるだけで好きな奴をここまで感じさせることができて、嬉しさで暴走しない男がいるなら聞いてみたいもんだ。
俺は口の中に含んで、舌を大きくこいつに絡めた。
「ああっ! 隆、いやだ……だめ、っ、あ、……っ」
自分でもまさかだったけど、同じ男なのに、少しも嫌じゃなかった。むしろもっと欲しくて、土岐の声が聞きたくて、いっそこいつを全部食べてしまいたいくらいだった。食欲と性欲って根っこは案外同じかもしれないな。
俺が唇で愛撫すればするほど土岐の喘ぎがあまく融けて行って、俺の欲をさらに直撃する。片手で押さえているこいつの汗ばんだ腰が震えて、限界が近いのを教えてくれる。もうすぐだ。
「たのむ、隆、……放して、むり、はなして……!」
決死の力が俺の肩に掛かって、物理的に引きはがそうとする。さすがに男だ、意外と腕力がある。
このまま受けとめるつもりだったが、仕方なく顔を離して代わりに右手で包んだ瞬間、土岐はあっけなく弾けた。
他の男の残滓なんて、触るのは初めてだ。
やっぱ温かいな。当たり前か。
土岐のを舐めるのも平気だったけど、これを触るのも不思議と平気だった。心底から惚れると、個人の価値観なんて風に吹かれる葉っぱよりも簡単に動くようで、シーツに座った俺は指の間に絡むそれを舐めてみようとした。
ところが。
「……ばか……隆のばか……っ」
土岐のちいさな非難に、我に返る。
あわてて掌を拭いて土岐を覗きこむと、顔を両手で覆っていた。
頭から水を浴びせられたように、浮かれてた気分が一気に急降下した。まずい、やりすぎたか。
「なんで、……なんで、おればっかり……」
俺だけ良くなって、先にこうなるなんて。
お前と一緒に、したかった。
土岐はくぐもる涙声でそう話したきりしゃくりあげて、全身で悲しんでいる。
――もうさ。
ほんとに俺ってとんでもない、救いようのないバカかもしれない。
最初に家に連れてきたとき、こいつに最低だって言われたっけ。まったく、そのとおりだ。
こんなの、自分がもうひとり居たら間違いなくさっきの自分をがっつり殴りとばしてる。
ほんものの恋愛をしたことがないから、相手を思いやってるようで一方的で、作戦に失敗してばかりじゃないか。修行僧はもちろん、軍人にだって生まれかわってもなれやしない。
「秀司……」
手首を引いておそるおそる覗きこんだら、秀司はくしゃくしゃな顔をしていた。目の端も睫毛も濡れて、くちびるは引きつれていて、今にも泣き出しそうだ。
「……ごめん、隆……でも、おればっかりは、……いやだったんだ……」
「秀司」
「ぜんぜん、フェアじゃないし……」
隆も一緒じゃなきゃ、いやだ。そうでなきゃ、意味がない。
そう呟くなり、土岐は俺の首に両腕でぎゅっと縋りついた。
ああ、可愛い。可愛すぎる。
反省してるし、俺も限界だし早く抱きたいのに、また先に食べたくなる。こいつをとことん焦らしていじめて泣かせたくなる。
「すまん、秀司……俺が悪かったよ」
もうしないから、ちょっとだけさっきの言い訳をさせてくれ。
「その、お前、すごく美味しそうだったからさ……つい」
「……おいし、い……?」
「先にこうしなきゃ、本当に頭からお前を食っちまいそうだったんだよ。ごめんな」
「……なに、それ」
普段から俺がいかに大食らいでメシを大量に食べまくるかを、こいつはよく知ってる。半分本気のかっこわるい弁解に、やっと笑ってくれる気配がした。俺の大好きな笑顔だ。
「なら、もういいよ……おれ、隆になら、食べられたっていい。だって、恋人なんだし」
俺も笑いかけて、一瞬、耳を疑った。
あの。今さ。
おまえ、俺たちのこと“恋人”って言った?
……言ったよな?
付き合ってるわりには俺のことを好きだってなかなか認めないし、好きだって伝えても答えてもくれないし、そのくせペンギンのことは好きだって公言するし。
こいつならこんなもんだろって、気長に待つことにしてたんだ。
それが。
俺のことを、恋人だって言い切った。
恋人なら一緒に良くなるのが当たり前だって、俺に食べられてもいいって。
何なんだよ、おまえ。
俺のほうが泣きたくなった。
めちゃくちゃ初心なくせして、肝心なことは言わないくせして、いつもそうやってストレートな剛速球を俺の心のど真ん中に投げやがる。
俺、こんな可愛い奴をどうしたらいいんだよ。
そんなだからお前、食いしん坊の俺にがっつかれるんだぞ?
抱きついて来る土岐を、力の限り抱きしめ返した。
すまないと思ってたし、突っ走らないってさっき決めたのに。
なのに俺の理性どころか思考回路そのものがぶっ飛んで蒸発しそうな勢いだ。
もうやばい。ムリ、ぜったい無理。抑えることなんてできそうにない。
「――秀司」
切羽詰まった声で、いいんだよな、ともう一度念を押した。
打って変わった真剣な俺の態度に秀司も気づいて、俺に視線を向ける。でもさっきみたいに嫌とは言わず、首を縦にする。
「なら、待ってろ」
手と口を洗うついでに、ローションやゴムを取って来た。
またベッドに乗った俺は蓋を開け、黙々と掌で温めた。
膝を軽く立てさせて、指先を押し当てて、声を掛ける。
土岐がうなずいたのを見計らって、まず一本入れた。
初めて触れるそこは熱くて、想像よりきつかった。
ここは思考回路が蒸発していようが残りを総動員して、慎重にしなければならない。
逸る気を抑えつつ、こいつが辛そうな様子を見せていないかに注意を払いながら動かして、慣らしてゆく。
一本目を楽に動かせるようになったところで、さらにローションを足して指を増やし、知識で得た場所を探す。だいたいの位置は頭に入れてるにせよ、結局は人それぞれらしいから。
どこだ、となぞるうちに、目を閉じて俺に任せている土岐の呼吸が荒くなりはじめている。痛いんだろうか。
「痛むのか」
「………」
違うとかぶりを振って、土岐は右手で枕を握りしめる。
それならと続けていると、立てた膝がこまかく震えてきた。
指先の感触がなんとなく違うような気がしたところを、もう一度擦る。
すぐさま眉根が寄り、あっとトーンの違う声が上がった。
「……隆っ……!」
――ここだ。
確信して、ローションを揉みこむように指を動かしてみた。
土岐の胸板が上下して喘ぎがせわしなくなるにつれ、中がだんだんと柔らかくなって、指が三本入るようになった。
「そ、こ……だ……め……隆……」
「よくないか?」
男同士の情報は学んでも一度も実践はしていない。ここを使うのは経験がないし、一秒先は手探りで、とにかく暗中模索もいいところだった。
快楽をまったく感じられない、というのは身体を見ていてもなさそうだけど、痛みを隠されたり我慢されるのは嫌だった。
ところが土岐は瞼をゆっくり開いて俺を目で探すと、雲を踏んでいるようなふわっとした語調で答えた。
「なんか……へんなんだ……」
どうかなりそう、と続けたその科白に、こっちの方がどうかなりそうだった。
両目をまた閉じた土岐は、唇の隙間からたえず吐息を漏らしながら徐々に融けてゆく。
汗に濡れて触れあっている肌から、こいつの身体の熱が直に伝わる。
三本の指も難なく奥まで呑みこめるようになったころ、土岐がだだを捏ねるように大きく深呼吸して、身悶えた。
「……ね、もう、大丈夫……隆も……」
来てほしい、と絶え入りそうな息まじりに訴える。
薄暗い中で上気した肌が、ぞくりとするほど艶かしい。
もうそろそろだと判断した俺は自分も準備して、ついに土岐を抱いた。
――やばいなんてもんじゃ、なかった。
指で感じていたのとは比べものにならないくらい、土岐の裡は熱くて気持ちが良かった。
ぎりぎりの状態で入ったのになんとか踏ん張れた自分を褒めてやりたいくらいだ。
「あっ……隆、……ん……っ」
慣らしたとはいえまだ違和感はあるだろうに、こいつの両膝を肘で抱えた俺がゆったりと動くたびに土岐は喉を逸らし、さっきとは段違いの甘い嬌声を上げる。抑え気味なのは、安アパートの壁を気にしてくれてるのかな。
もうこの際、どうでもいいや。
俺はもっと煽るように腰を打ちつけはじめた。
こんな色っぽい声、まさか男が出してるなんて誰も思わないだろうし。
「んっ、……ああっ、……隆、隆っ……もっと、っ……」
シーツの上で肩をよじる土岐が、一途な響きで俺を呼ぶ。
潤んだ目で両手を差しのべて、菓子を欲しがるように俺のキスをねだってくる。
もういとおしくて可愛くて、身を屈めた俺は唇だけじゃなくて頬やら顎やらいたるところにキスを浴びせてしまった。
なんでこんなにこいつは可愛いんだろう。
肌にキスマークを残したって、どんなに抱いたって、全然足りない。
俺の名前だけを繰りかえし呼んで、全身で求めてくるこいつが愛おしい。俺の腕の中で乱れる様子を見ると、もっと乱れさせたくなる。もう取り返しがつかないくらい、こいつに溺れてしまってるのを自覚してしまう。
俺のくちびるがこいつに触れるたびに、内側が強く包みこんでくる。
ただでさえ限界直前の身体にそんなにされたら、長く持たないっていうのに。
――こうなったら、目指すしかない。
背を起こして土岐の腰を支えた俺は、最奥を貫くよう動きを変えると同時に、土岐の足の付け根も手で包んでやった。今度は一緒にという、こいつの願いを叶えるために。
こいつの喘ぎが一層切迫する。
俺も、もうすぐだ。
「……はっ……あ、隆、だめ、それは、……あっ、……ああ――!」
揺さぶられながら全身を数度慄かせた土岐が、仰け反るように達した。
俺もほぼ同時に極めて、離れた。
土岐はよほどに快楽が深かったのか、しばらくたってもまだ細かく肌を震わせて、瞼も開けられないようだった。
……こういう時、何て言ったらいいのだろう?
ありがとう、ってのも変だよな。
でも同性でありながら俺を受け入れてくれたのだから、それしか思いつかない。
誰よりも好きだということと、ひとつになれて嬉しかったという想いの両方を籠めて、軽くキスをする。
それでは満足できないと言わんばかりに、土岐のほうから俺に抱きついて、舌を差し出してきた。
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