モテたい

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俺はモテたい。ものすごくモテたい。 多分もう察しているだろうが、俺はモテない。幼少期から、ずっとだ。告白は一回もされたことが無いし、小学生の時、席替えをして俺の隣の席になった子に泣かれたこともある。この幸の薄い地味な顔と、顔中を真っ赤に染めたニキビのせいで、女子だけでなく、男子からも『キモい』『汚れる』などと言われてきた。 唯一の味方は、幼馴染のアキナだけだった。 そいつだけはいつも俺を庇ってくれたし、他のみんなに接するのと同じ態度で接してくれた。もちろんアキナは明るくて、人気者だった。しかし不思議なことに、今でもたまに会う程の関係だ。 だが、それでも俺はモテたい。この世界の誰よりもモテてやる! そこで俺は考えた。究極の惚れ薬を作れば良いのだと!! それからというもの、俺は必死に勉強した。少しばかり顔が良くて、運動ができて、イケイケなやつを見るたびに、「いつか俺のほうがモテモテになってやる」と自分を奮い立たせた。 いつしかガリ勉というあだ名がつけられ、俺の人気が下がるのに比例するように学力が上がった。そして、ついに全国模試1位にまで登りつめた。 ー20年後ー ついに出来たぞ!!!長年研究した惚れ薬が!!! これで世界中の女を俺の虜にできる!!! ただ、どれほど効果があるかわからないな。どうしようか。のんびり実験するのも面倒だ。 よし、思い切って飲んでみよう。 ふむ、悪くないな。......これだけじゃ少ないか? そうだ、俺は世界一モテる男になるんだ。もっと飲んでも大丈夫だろう。 男は部屋に積み重ねられた液体の瓶の蓋を開けて、思いっきり口に流し込んだ。 はあ、結構のんだな。お腹がタプタプだ。でも、これで俺はモテるようになったに違いない!少し外に出て、効果を見てくるか。 そう思い、痩せているけれど重い体を動かし、ドアを開けた。 久しぶりの太陽だ。空はどこまでも澄んでいて、太陽が煌々と照り輝いている。なんて気持ち良いのだろう。 「あら。今からあなたの家に行こうとしてたのよ」 「あ、アキナ」 「あなたが外に出るなんて珍しいわね。何かあったの?」 「ああ。聞いてくれ!ついに惚れ薬が完成したんだ!」 「え、もう完成したの?」 アキナは目を見開いた。 「おめでとう。ずっと研究してたものね」 言葉とは裏腹に、アキナは複雑な表情を浮かべている。 「惚れ薬を本当に作るなんてすごいじゃない。てっきり完成しないと思ってたわ」 少しからかうような口調が余計わざとらしさを醸し出す。俺はそれに気づかないふりをして、アキナの演技に付き合うことにした。 「ああ、そうだろ。これで俺はモテモテだ!!」 アキナは目尻にうっすらとしわを浮かべて上品に笑った。 「あなたがモテモテになるなんて、想像できないわ。......ところで、その惚れ薬は売ったりしないの? きっとすごい大金持ちになれるわよ」 「いや、売らないさ。俺以外もモテモテになったら意味ないじゃないか」 「ふふっ、あなたらしいわね」 気づいたら、夕日が俺たちの影をほのかに染めていた。 「じゃあ、そろそろ帰るわね。あんまり飲みすぎないように気をつけるのよ」 「いや、それが、たくさん飲んじゃったんだ」 「......」 アキナは胸の奥深くまで吸い込まれそうなほど深い瞳をしていた。そして、俺には彼女の思考を読み取ることは不可能だった。 太陽の光が顔を照らし、目が覚めた。 こんなによく寝たのはいつぶりだろうか。俺は昨日、偉業を成し遂げたのだ。なんて素晴らしい朝なのだろう。 そういえば、惚れ薬の効果をまだ確かめていない。昨日はアキナが来て、うっかり外に出忘れてしまった。 昨日のアキナは少し変だった。今まで見たこと無いぐらい感情が読み取れなくて、それでいて複雑な感情を抱えているようだった。一体、アキナはどうしたんだろう。だけど、そんなこと分かるはずがない。今日散歩の後にでも様子を見に行ってみるか。 そういう結論に至って、ベッドから起き上がる。冷たくて気持ち良い水をタオルに湿らせ、顔を洗った。目が冴えているからなのか、鏡に写った自分がいつもよりカッコよく見えた。自身に満ち溢れていて、頼れそうな雰囲気が感じられるような気がした。 顔を洗った後、何か食べたくて冷蔵庫をあけた。 「......何もない」 聞いている人さえ悲しくなるような声が出た。 コーンフレークと牛乳と、大量の野菜ジュースしか無かったのだ。 ついうっかりしていた。昨日とは全くの別人になった気でいたが、俺は何も変わっていないのだ。そのことに気づき、何かを失ったような気持ちでご飯を食べた。 「よし、行こう」 これが俺の第二の人生の第一歩だ。この扉の向こうには、未知の世界が待っている! 子供の頃、惚れ薬を作ると決めたときの高揚感を思い出す。ついに、ここまで来たのだ。 眩しいほどの光が容赦なく照らしてくる。 とりあえず、今日はアキナの家まで行ってみるか。 古い階段を降りて細い道に出る。 いつの間にか道端にはオオイヌノフグリの可憐な花が大空に向かって咲き誇っている。オオイヌノフグリの別名は、星の瞳というらしい。なんて綺麗な名前なのだろう。 木の暖かな影が地面に伸び、心地よい風が頬を切る。 散歩も意外と良いものだ。だが、こういうときに限って人と会わない。尤も、普段どのくらいいるのかもわからないが。 暖かな日差しに囲まれて、広い道に出る。 風と木が奏でる平和な音しか聞こえなくて、穏やかな気持ちになる。 「あっ......」 緩やかな坂を下ったところに、犬の散歩をしている高齢の女性がいた。 別にあの人に好きになってもらっても嬉しくないが、実験には絶好の機会だ。 俺は少し歩幅を大きくする。あたかも偶然そこを通ったかのように、女性の前を横切る。 空気が切れるような気がした。 女性が視界から消えた。一体、どんな反応を示すだろうか。俺はこっそり女性の方を見た。 すると、女性のしわが刻まれた顔も、こちらを向いていた。 そして、二人は数秒見つめ合った。 女性の目が俺の心臓を貫いた。 ー少し熱くて、今まで経験したことの無い視線ー 直感が語りかける。 ーこれは成功だー 俺はそのまま歩き続けた。すると、長い横断歩道が目の前に広がり、赤信号が見えた。 その瞬間、ふわっと何かが香った。首筋がゾワッとして、急いで辺りを見回す。すると、斜め後ろに若い女性がいた。 長い黒髪をたなびかせ、颯爽と歩いていく。それは、自然な美しさだった。 ヒールも履かず、シンプルな服装なのだ。だが、見るものを惹き付ける、自然な美を持っていた。 すると、女性の首が少しこちらを向いた。切れ長の目が俺の目を射抜く。俺は女性に釘付けになった。 だが、女性は興味をなくしたかのように、一瞬で去っていった。 やはり、若い女性は俺に興味など持ってくれないか。 少し胃が重くなった。 しばらく歩くと、白と茶色に統一された綺麗な家が見えてきた。大きくは無いが、そこに住む人の上品さが伺える家だ。彼女の家の庭には、小さなネモフィラの蕾が地面を覆っている。もうすぐ、綺麗に咲くだろう。 チャイムを鳴らしてみる。 だが、いつもはすぐ出てくるはずの彼女が、今日はなかなか出てこない。 もう一回鳴らすと、随分待ってから彼女は出てきた。 彼女は俺を認識すると、驚いた表情を浮かべた。 「あなたの方から来るなんて珍しいわね。何か用事でもあるの?」 「いや、昨日なんか変だったから、大丈夫かなと思って」 するとようやく彼女はいつもどおりに微笑んだ。 「ああ、ありがとう。大丈夫よ」 「......そうか。もしかして、忙しかったか?」 「あー、まあまあね」 彼女の答えは意を得なかった。 「来てくれてありがとう。でも、私は本当に元気だから大丈夫よ」 「ならいいけど......。 せっかく来たから、少し上がっても良いか?」 「ごめんなさい、今少し忙しくて......」 「ああ、そうだよな。ごめん。あんま無理するなよ」 「ええ、ありがとう」 気まずい沈黙が流れて、彼女が困ったように言う。 「せっかく来てくれて申し訳ないんだけど、私しばらく忙しいと思うの。だから、会いに来てくれてもあまり話せないかもしれないわ」 なんとなく理由を聞いてはいけない雰囲気がしたので、ぎこちないまま帰ることにした。 今日も生ぬるい光が顔を照らす。昨日は気持ちが沈んで外に出ていなかったけど、今日はどうだろうか。 一昨日は惚れ薬の効果があまり感じられなかったが、今日は何かが変わっているだろうか。 俺はそこらへんに散らかっている服を適当に来て、古い階段を降りた。 すると、ほんの少し先に人がいた。若い女性で、幼稚園児らしき子供を連れている。 そのまますれ違った。ほわっと良い香りがして、熱い視線を感じる。振り向くと、女性と幼稚園児の両方が俺のことを見ていた。 そのまま大通りに出る。すると、陽気に騒いでいる数人の女子高生がいた。そのまま近くに行くと、ようやく彼女たちは俺に気づき、獲物をとらえるような鋭い視線を送ってくる。 「ねえ、お兄さん」 ビクッとした。まさか俺に話しかけているのか? 「ねえ、無視しないでよ」 彼女たちの笑い声が響く。 「あー、ようやくこっち向いた。ねえ、お兄さんイケメンだね。私と付き合わない?」 下品で知性を感じない声を出しながら彼女は言った。だが、流石に俺もお断りだ。この惚れ薬は、絶対に効果がある。だから、こんなやつと付き合う必要は無い。いつか俺がモテモテになって、もっと高レベルの女が現れるまで待つ方が賢明だ。 「すみません」 告白を断るのはものすごく快感だった。 それから家に帰るまでの間、一昨日よりも熱烈な視線を浴び続けた。 最近街を歩いていたらよく告白されるようになった。可愛い子からの告白も増え、俺はたくさん受け入れた。 どうやら、この惚れ薬は時が経つにつれて効果が増すらしい。これからどうなるのだろうか。 日に照らされながら本を読んでいると、外がなんだか騒がしいような気がした。そっとカーテンの隙間から外の様子を伺うと、なんと家の周りに沢山の人が集まっていた。 これはどういうことだろう。 なぜ俺の家に人が集まっているのだろう。 妙な不安を感じ、耳をすませてみる。 「ここがあの人の家よ」 「まあ、意外と狭くて古いのね」 「でもそこもいいのよね!」 「分かるわ!!早く姿を見せてくれないかしら」 「早く会いたいわ。どれほど素敵なのかしら!」 ......まさか、俺がそんなにモテているなんて。 家の外は相変わらずうるさかったが、俺はとても心地よかった。 もう惚れ薬を作ってから二週間がたった。最近は外に出るとキャーキャー騒がれるようになった。 最近はずっと外に出ていて、騒がれるのにも飽きたし、今日は久しぶりにテレビでも見てみるか。 手を伸ばしてリモコンを取り、テレビの電源を入れた。 「っっ!?」 稲妻が全身を回旋するかのような衝撃が走った。 そこには、俺の姿が映っていたのだ。どうやら昨日撮られたものらしい。昨日はあまりにもたくさんの人に囲まれていて、気が付かなかったようだ。 「こちらは、最近話題になっている、○○県△△市に在住の✕✕さん。何故かものすごくモテるようです。彼の虜になったという女性にインタビューをしてみました」 「彼を初めて見た瞬間、この世のものとは思えないほどの魅力を感じたの。特別魅力的な見た目では無いけれど、なんというか、異彩を放っていたの。私は一瞬で恋に落ちたわ。彼は指の先まで艶めかしくて、色っぽくて、目がはなせなかったの。彼が一歩歩くたびに空気が揺れて、彼の周りだけが異世界のようだった。彼をひと目見て、これは恋だと確信したの。彼ほど素敵で魅力的な人なんていないわ ......ああ、彼に会いたい。もうひと目見たい。もう、彼がいないと生きていけそうにないわ。彼になら、私のすべてを捧げても構わないわ。これは運命の恋なのよ」 「はあ、すごいですね。彼女は彼をひと目見ただけなんですよね。一体、この男性のどこにそんな魅力があるのでしょうか。○○大学名誉教授の△△さんに伺ってみましょう」 「これは実に不思議ですね。正直、この男性の容姿は平均的ですよね。特に姿勢が良いというわけでもないし、自然に惹かれる香りがするわけでもない。特筆すべき特徴は、頭がいいということでしょうか。......でも、この見た目からは知性が感じられるというわけでは無いでしょう。私にも全くわかりませんね。ですが実際会ってみたら分かるのかもしれません......」 なんと失礼な見解なのだろう。でも、俺はニュースになるほどモテているということなのだ。俺は、正真正銘のモテ男なのだ! 今日で三週間だ。日に日にモテモテになっていき、少し怖い気もする。だが、もう食料が無いから、今日は近くのスーパーまで買いに行こう。 ドアを開けた瞬間、たくさんの人が待ち構えていた。記者らしき人もいて、たくさん声をかけられる。カメラのフラッシュが鬱陶しい。 細い道の脇に咲いているオオイヌノフグリの花が群衆によって踏みつけられる。世の中はいつもこうだ。 どこからか外国人が来て、俺に話しかけてきた。 「ヤッパリカッコイイネ。アナタ、アタシとツキアワナイ? ワタシ、アナタにアウタメニアメリカカラキタノヨ」 なんということだ。俺は海外でもニュースになっていたのか。 告白を断るのも面倒だし、いつもどおり「ああ、いいさ」という。そうすると女は喜ぶ。 スーパーの中にまで彼らは入ってきて、俺が何かを買い物かごに入れるたびに騒ぐ。 「彼は今、卵を手に取りました!一体、どんな料理を作るのでしょうか!」 もう嫌だ。最近はたくさんのラブレターが届く。読む気もしないが、気の迷いで何通か読んでみる。 「ねえ、なんで家から出てこないの? 私達、付き合ってるじゃない。今度私の家に来てよ。ずっと待ってるから」 「ア・イ・シ・テ・ル」 「アナタに会いたい。会えないのなら、私は死ぬ。早く会いに来て」 誰だよ。顔も名前も全くわからない。 もう一ヶ月か。あまりの変わりように頭が追いつかない。 最近ますます家の周りがうるさくなっている。もう、頭がパンクしそうだ。これなら外に出たほうが幾分かマシかもしれない。 ドアを開けた。やはり、前よりもずっと人が多い。 人だかりの中を進んでいくと、一人の女が怖い形相で睨んできた。 「ねえ、なんで無視するの? 手紙たくさん送ったじゃない。私達、付き合ってるでしょ?」 彼女は俺に何かを期待しているかのように、少し黙った。 「ねえ、私のこと好き?」 「いや、そもそもお前のことなんて知らない」 自然と声が口から出ていた。 「そう」 女は無表情のままだった。しかし、手が動き、バッグから何かを取り出す。 その時、周りから悲鳴が上がった。 女は、鋭くて光るものを持っている。はっとした。 あれは包丁だ。 恐怖が俺を支配する。逃げだそうにも、周りをたくさんの人に囲まれている。 「あなたが私を愛してくれないのなら、私があなたを殺して、私も死ぬ」 「ま、待て!!!」 しかし彼女は何も聞こえないかのように、おれに突進してきた。 ああ、俺は死ぬのだな。そう悟り、目を閉じる。 もう、流れに任せることしか出来ない。 今まで、つまんなかったな。モテることにすべてを捧げて、その結果がこれなんて。なんて虚しい人生なのだろう。 その時、誰かに腕を強く引っ張られた。そして、無理やり口を開けられ、何かを流し込まれた。 ああ、これは毒なのだろうか。 はは、もう、いいさ 「ねえ、目を開けなさい」 それは聞き覚えのある声だった。懐かしくて、胸が高鳴る声だった。 「ア、アキナ」 「ふう、間に合った。もう大丈夫よ」 アキナは俺の顔を覗き込み、太陽のような笑顔で笑った。 「なんで......」 「今まで、惚れ薬の解毒剤を作っていたのよ。さっき、ちょうど完成したの」 そう言われて辺りを見回すと、台風が過ぎ去ったかのように静かで平穏な景色が広がっていた。 「こうなること、最初からわかっていたのか?」 「まあ、なんとなくね。でも、それを言ったところで、あなたはきっと惚れ薬を作るのを止めないでしょ?」 「ああ、そうだろうな」 穏やかな空気に包まれ、たくさんの花がふわっと揺れる。彼女は疲れている顔をしていたけれど、誰よりも美しかった。 「本当にすまん」 彼女の笑顔と星の瞳が重なる。 『星の瞳』なんて彼女らしいのだろう。 「もう、すまんじゃなくて、ありがとうでしょ?」 「ああ、ありがとう。本当に、ありがとう」 星の瞳はそろそろ枯れてしまうけれど、彼女の笑顔はずっと無くならないでほしい。なんだか、意外と俺は女々しいのかもしれない。その事に気づいて、少し笑ってしまう。 「なんで、そこまでしてくれたんだ? 薬作るの、すごく大変だっただろ?」 「あなたにはわからないでしょうね」 彼女は寂しそうに横を向いて微笑む。そして唐突に言った。 「あなたが好きだからよ」 「......えっっ!?」 彼女の頬は、カーネーションが散りばめられているように真っ赤だった。 「昔からずっと、あなたが好きよ」 「だから、本当は惚れ薬も作ってほしくなかった」 そう、小さな声で付け足す。 そして彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめた。 俺たちは見つめ合った。 「あなたが好きよ」 俺は、アキナからの告白が、今までで一番ドキドキしていることに気づいた。 そして、俺の頬もカーネーションで染まっていく。 その瞬間、初めて本当の恋心が芽生えた。
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