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「父様。お願いが」
はるか向かいの席で、父は異様なほどゆっくりと手を止め、私を見た。
あの飛び出しそうな目。何も言わず、まるで断罪されているかのような圧に、また首の中が狭まっていく。
でも、父が私の言葉に耳を傾ける機会はここ以外にはない。
「どうか、冬だけでもお手伝いの方をお呼びください」
窺うように乞うても聞いてもらえないのなら。
カトラリーが投げ出される。怖い。でも、
睨むように私を見つめるだけだった父が、恐らくこの生意気な言葉に初めて違う反応を示したのだ。引くわけにはいかない。
「姉様たちやガブリエルさんの手が荒れて、見ていられないのです。もうプーシェさんの薬草だけでは補いきれません。それに、せっかくお戻りになられたのになぜ姉様たちとはお会いにならないの?」
「お嬢様」
ガブリエルさんがとても心配している。でも、ここで慎んでももう意味はない。
父が立ち上がる。右手で杖をつき、左手でテーブルクロスを握りしめている。
「みんなで一緒にお食事しましょう? その方がきっと」
テーブルクロスが引っぱられ、凄まじい音で料理が散った。
ガブリエルさんが私を抱えるように庇い、目の前にプーシェさんが背中を見せて立っている。
表情はわからないが、はっきりと父の方を見据えていた。
荒い息を吐きながら父が座る。
プーシェさんは怯むことなく父に近づき、その足元に跪いた。
枯れ木のような手を取り、杖を外す。
「失礼いたします」
プーシェさんは父のポケットから薬の小瓶を取り出し、中身を父に含ませた。
あの父が、人に触れられるのを許している。
更に手を貸そうとするプーシェさんを払い除け、呼吸を二、三度整えた父は一人で立ち上がった。
「今冬には人を寄こしてやる」
「父様‥‥‥」
「プーシェ、食材をむだにしてしまった。だがスープはうまかったぞ」
介助しようと進み出たガブリエルさんを制し、父はよろよろと時をかけ、扉の向こうに消えた。
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