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芽衣子
どうしてあたしは幸せになれないんだろう。
ぱちん、ぱちん、と飛び散る音の中で、ぷつん、ぷつん、と途切れ途切れに考える。
五歳でピアノを始めてから二十年、あたしの爪が長く伸ばされたことがないように、あたし自身も、伸びることを許されていないような気がする。
ぱちん、ぱちん。ぷつん。ぷつん。
「芽衣子さん、そろそろお願いしまーす」
はい、と返事をして立ちあがる。
白と黒のコントラストを思い浮かべる。それから、その上を走る自らの肌色を思う。
オタマジャクシが頭の中一杯に踊りだす。そう、この瞬間。
あたしの頭の中は、メロディで一杯になって、お腹の底から、体中を駆け抜けて、飛び出していく。
右へ左で全力疾走する指先に負けないように、あたしは声を出す。めいっぱいに出す。叫ぶように、叩きつけるように、必死で吐き出す。
オレンジ色の光。黒光りするグランドピアノ。
光の向こうから、パチパチ、と拍手が聞こえる。
振り向くと、そこにはいつも優衣子がいる。
あたしと同じ顔をして、あたしと同じ笑顔をして、あたしを観ている、優衣子がいる。
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