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たどたどしい旋律が練習室から零れおちてくるのに、あたしはぎくりとした。
それは十年の間、一度も奏でられることのなかった、優衣子のメロディ。
「勝手に、触らないでよ」
ピアノの前でびくん、と硬直した優衣子に、あたしは怒っていたように思う。
「ごめんね、ちょっと懐かしくなっちゃって、つい……」
「練習しないといけないんだから、どいてよ。あたしは遊びでやってるわけじゃないんだから。来月、勝負なんだから」
「ライブ決まったんだ。何日? 観に行くよ」
「……七日」
「頑張ってね」
言われなくても、あたしはずっと頑張っている。
「勝負って、なあに?」
「……結果が出せなかったら、辞める」
「辞める? 何で?」
「もう若くないのにいつまでも中途半端なことしてるわけにもいかないでしょう」
「だって芽衣ちゃん、好きでずっと頑張ってきたのに」
「好きならいいってもんじゃないの」
「結果って、なに」
「……とりあえず、ライブに定期的に出演するってこと」
「今までだって、してきたじゃない」
「これ以上集客が落ちるようなら、だめなの」
「そうなったらそうなったで、ちょっと休んで充電したらいいんじゃない? ゆっくり新しい曲を作ったりとかさ」
「だめなの。発表し続ける場所があるっていうのが今一番なの。とりあえず、毎月続けられてるってことが自信なの! とりあえずあたしは……」
「芽衣ちゃん……、」
深く沈みこむような優衣子の声に、何よ、と言い返そうとして、だけど出来なかった。
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