私にしかできないこと

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
『あなたにしかできない事があると思いますか』  そう問われて、抵抗もなしに「YES」と答えることのできる人間は居るのだろうか。居るのなら、心底羨ましい限りだ。自分にしかそれは出来ないと言えることが、そんなことを堂々と言えることが。  ―何も知らないのであろう愚かさが、心底羨ましい。 「……」  そんな愚かな時期がなかったわけではない。私も、愚かだった。「あなたにしかできない」と言われ、言い含められて、いいように使われていた。本当にその気になっていた。なるほどこれは私にしかできないのか…それならばと、愚かしくも思っていた時期が。あったのだ。過去には。 何も知らない、純粋で愚かな私が。 「……」  何度だって言われてきた。あの頃の私は、それなりにいい子ぶりっこをしていたから。―小学生のクラス委員長とやらに抜擢された時も。―その当時行われた不毛なクラス討論会での司会も。―中学時の不登校児の彼女をクラスになじめるようにしてくれとか。―高校あたりからは、その言葉に意味がないことを遅まきながらに気づいて、聞かないようにしていた。言われてはいただろうが、全部無視していた。 「……」  よく考えれば、これ程滑稽なことはないと我ながら思う。  転入したての一生徒だった私に、どうしてクラスのまとめ役が務まろう。あの頃の彼らの意図が分からない。なにが「あなたにしかできない」だ。他に適任はもっといた。私が断ることを知らなかったのが悪いのか?押しつけにも似た形で抜擢したくせに。 「……」  あの時のクラス討論なんか酷いモノだった。あれは、なんで私が司会なんかしたのだったか。委員長だしとかいう、適当なことで任されたんだったか。クラスの委員長である「あなたが適任」だとか、他の人よりはあなたがいいだろうとか。それか、他に候補が居なかったら、あなたが手を挙げてくれ―だったか?いい経験ができるとは、よく言ったものだった。 「……」  私は、あの討論会のせいで、そうゆう会議とか討論とかディスカッションとか、己の物言いを競わせるあれこれが、トラウマになったのに。小学生の癖になかなかに白熱したのだあれは。幼さの残る思考回路で―いや、幼さゆえか。自分を曲げることも、お互いの妥協点を模索しようということも考えない、幼い彼らだったから。ただ自分の意見を繰り返して、相手の話なぞ聞きはしない。最終的には司会の声すら聴かない。私の声は、届かなかった。―助けもなかった。私の存在など、ないも同然だった。 「……」  その時にでも、気づいていればよかった。自分がその程度の存在なんだと。私にしかできないなんてそんなものはなくて。私以外の誰にでもできることはたくさんあると。  ―恥ずかしながら、あの不毛で無駄な討論は、私の泣き落としで終着した。なんで泣いたのか覚えていない。ただ、涙があふれて、歯止めが利かなくなって。それに気づいた1人が、言い合いをやめて、シンとなって、教師が口を出してきて、それで、終わった。  多分、怖かったのだろう。人が言い争う姿が、自分の声が聞こえない状態が、自分の存在を否定されているようで。 「……」  不登校だった彼女の事も、私は何もしていない。私は、クラスに居たくない彼女の気持ちが分かってしまったから。彼女に寄り添うことを選んでしまったから。最終的にはクラスになじめるようになった彼女だったが、それも本人の意識次第だ。私は、何もしていない。  たまたま、昨年同じクラスで、同じような趣味を持っていて、友逹になって。それだけの私に、何ができようか。ただの、彼女にとって多くいる友達の1人でしかないのに。  自分自身がクラスになじもうだなんて1ミリも思っていないのに、そんなことの手伝いができるものか。担任教師に言われた「お前にしかたのめない」はただの方便だ。 「……」  それから、他人の言葉を鵜吞みにするのをやめた。結局私は、誰の為にも動くことはできない。私にしかできない事はない。誰にでもできるけれど、私みたいな猫かぶりのいい子ちゃんに頼んだ方が楽だから言われていただけ。馬鹿で愚かな奴は、すぐ信じるから、利用されているだけ。  私も私が可愛いだけで、その言葉に甘んじていただけ。他人に認められたような気になって、自分を守っていただけ。「私にしかできないこと」なんてものは、一つもない。 「……」  私は、ちっぽけな、他人の事なんて承認欲求を満たすためだけのもので。自分が可愛いだけの、愚か者。そんな私より、いいやつなんてごまんといる。そんなお人よしは、少なからずいる。 「……」  今までそれに全く気付かなかったわけではない。私だって、知っている。自分以外の他人が、いかに優れているかなんて。小学生の時も。中学の時も。高校から離れて大学に行って、社会に出てからも。  自分がどれだけ愚かで、卑屈で、優秀とは程遠い人間だなんて。 「……」  それでも私は、「私にしかできない」と思って、そういわれていたあれこれを、どうにかこうにか、やってきたのだ。小さな私のくせに、何とかしようと藻掻いたのだ。こんな性格のせいで、他人に頼る事なんて知らないから、1人で、何とか、してきたのだ。 「……」  なぜなのだろう。  他の人にもできると知っているくせに。代わりはたくさんいることを、知っているくせに。ただ押し付けられているだけだと、知っているのに。  それなのに、どうにかしようとしてきたのは、なぜなのだろう。  本当に「私にしかできない」と思いたかったのだろうか。 「……」  なにが、私にしかできないだ。  烏滸がましい。 「……」  それでも。  それでも。  未だに抗う私は、何がしたいんだろう。  それを分かっているくせに、藻掻く私は、どうしたいのだろう。  「私にしかできない」何かがあると信じている、私は、何なのだろう。  そう言われて、そう思って、動くたびに、息もできなくなって、失敗して。自己嫌悪に陥って、泣きたくなって。  ただでさえたくさんあるトラウマを抉って、さらに増やして。  生きづらくなるだけだろう、そんなもの。  馬鹿馬鹿しいにも程がある。愚かしいにも程がある。烏滸がましい事この上ない。  傍から見たら、どれだけ滑稽か。 「……」  そんなこと一番私が分かってる。 「……」  それでも、私は私でしかない。私にしかできない、何かを、今でも、探す。  失敗しても、愚かでも、滑稽でも。  一生見つからなくても。  それが、今の「私にしかできないこと」だ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!