最終話

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最終話

 司は思わず海翔に掴みかかった。  自分が良ければそれでいいのか、なんてきれいごとが通じない世の中であることは司にも分かっている。けれどこの行動を受け入れることはできなかった。  司はぶるぶると震えたが、貸し魔法屋の男はまたも司の襟首を引っ張り海翔から引っぺがした。 「それはいいよ別に」 「いいわけないだろ! 死んでるんだぞ! 人が!」 「僕は使った魔法分の人生が回収できてるからいいよ。問題はそれじゃない」  貸し魔法屋の男はコツンと一歩海翔に近付くと海翔の腰を指差した。  そこには貸し魔法屋の男のものよりうんと小さい、手のひらに収まる程度の天球儀がぶら下がっていた。 「最初に貸した魔法、まだ使ってないね」 「……ああ」 「か、貸した? 奪ったんじゃないのか?」 「奪う前に一つ貸してるんだよ。望みは日本全土を復元したい、だったね」 「そんなことできるのか!?」 「できないよ。魔法ってのは人間にできることしかできないのさ。例えばあの光球は凄い物のようにみえるけど実態は懐中電灯さ。エネルギーが魔法か電池かの違い。魔法は手順を簡略化するだけなんだ」 「でも国会議事堂が復活したって!」 「したよ。その分かなりの人生が代償として消えたけど」 「……は?」 「できることには限りがある。なら何度も繰り返せばいいね」  貸し魔法屋の男はにっこりと微笑んだ。司は混乱して震えたが、男はそんなことには構いはしない。 「今すぐ魔法を使うか返すかすれば今回の件は目を瞑ろう。どうする?」 「返すに決まってんだろ! 海翔! さっさと返しちまえ!」 「……駄目だ。これは僕が使う」 「何言ってんだよ! そんなことしたら死ぬぞ!」  司は海翔から天球儀を取り上げようとしたが、その手は海翔に掴み上げられた。  いつも優しく撫でてくれていた手がこんなに力強いことを司は知らなかった。 「この道は国会議事堂へ向かってる。司は国会議事堂の洪水対策本部へ行ってくれ」 「いや、だから! とにかくそれ返せって!」 「聞け!」 「いてっ!」  海翔は再び司の腕を強くつかんだ。あまりにも強く掴みすぎて海翔の爪が司の手首に食い込んだ。 「この世界を再興するには魔法が必要だ。それは分かるな」 「あ、ああ……」 「だが魔法貸しは魔法が落とし込まれた天球儀を預かってるだけで魔法使いじゃない。魔法使いは別にいる」 「分かったよ! 分かったからそれ返せ!」  そんなの持ってたら死ぬぞ、と司は顔を青くして叫び続けた。だが海翔は天球儀を渡さず、必死に天球儀を奪おうとする司をぎゅっと抱きしめた。 「か、海翔?」 「幸せだったよ。司が来てからこのビルは安全だったから。司が寝てる間以外は」 「は!? 何言ってんだよ!」 「国会議事堂へはあと百メートルも大地を作れば辿り着く。そして一人の人生で作れる台地は約百メートル」 「……は? 何言ってんの? いいからそれ返せって」  司は震えた。震える手ではなかなか天球儀を掴み返すことができない。  海翔は、返せよ、とふらつく司をもう一度強く抱きしめた。そして満足したかのように微笑むと、今度は司を突き飛ばした。混乱しているせいで足元のおぼつかない司はごろんと床に転がった。 「魔法を借りる。代償は僕の人生だ」 「そうかい」 「海翔! 止めろ! 止めろって!!」  海翔は天球儀に手を掛けた。  司はそれを転がったまま視界に捕らえ、止めろと手を伸ばし立ち上がろうとした。だが立ち上がる前に海翔は消え、代わりに大量の灰が積もった。 「……海翔?」  灰は語らない。そこには意志も呼吸も無い。ただの灰だ。 「な、なに、なんで!? なんで! なんで!?」  「君に未来を託したんだよ。君ならこの地球を助けてくれると」 「何でだよ! できるわけないだろ!」 「できるよ。いや、君にしかできない。だって純潔の魔法使いはもう君しか残っていないのだから」  そうだろう、と貸し魔法屋の男は息を吐いた。  司はゆらりと身体を揺らしながら立ち上がり貸し魔法屋の男の胸倉を掴んだ。司の髪は黄金の光を纏い、瞳は太陽のように赤く燃え始めた。 「なぜ知っている」 「さあね。でもきっと海翔くんも気付いていたよ」 「ありえない。人間は魔法に気付けない」 「そうかな」  貸し魔法屋の男は腰にぶら下がった天球儀に手を添えた。魔法を起こす天球儀だ。 「海翔くんの言う通り、貸し魔法屋は魔法使いの下等種さ。でも魔法使いより優れているところもある。何だと思う」 「無い」 「あるよ。魔法使いは寝ていたら魔法を使えない。でも天球儀は眠らず稼働する」 「それが何だ。天球儀がなければお前らは何もできない」 「そういう話じゃないよ。いい? 君は魔法でこのビルを守っている。でも君が眠ったらその魔法は消えてしまう」  貸し魔法屋の男は海翔の灰に手を添えた。ただの灰だ。 「海翔くんは何て言ってた? 君が来てから?」 「俺が来てから――」  海翔は言っていた。 『司が来てからはここ一帯は平和だった。司が寝てる間以外は』  大きな波に襲われるのはいつも夜だ。  司が、魔法使いが眠り魔法の切れている間だ。 「海翔……」 「どうしてもっと大きな魔法を使わなかったんだい?」 「……お前も言っただろう。魔法には限界がある。天球儀が必要無いだけで、できることは魔法貸しと大差ない」 「まあそうだね。魔法貸しって止めてくれない?」  司はカクリと膝を折り、海翔がいた場所に降り積もった灰を握りしめた。握りしめて、握りしめて、ただただ強く握りしめた。 「国会議事堂に行くかい?」  フロアの端から一本の道が伸びている。暗闇の中、真っ直ぐに伸びいていた。これのために何人の人生が支払われたのだろう。  司は海翔がいた場所に降り積もった灰に手を添え凝視した。するとするすると灰は集まり球体となり、球体を取巻く輪となり、そして最後は天球儀に形を変えた。  司はその天球儀を腰にぶら下げ国会議事堂への道へ足を踏み出した。 「ふふ。面白そうだしお供していいかい?」  司は貸し魔法屋の男には何も答えなかった。  ただ貸し魔法屋の男の腰でカラカラと回る天球儀だけが響いていた。
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